第1話

第一話

「久しぶりだな、近藤さん。あんたのおかげでアイツとはおさらば出来たよ。」雇い主が不敵な笑みを浮かべて俺に言った。

「そりゃよかったな。伊達さん。」「ところで、金は振り込んでくれたのかい?」

「もちろんだよ。3000万払っておいたよ。」「おかげで、瑞希と結婚できたよ。」「瑞希はあの女よりも、全てにおいて上をいっているからな。」

自分の元妻のことを(あの女)呼ばわりとは酷い男だ。

「俺は妙さんもなかなかいい女だと思うけどな。」

「だったらお前にくれてやればよかったかな。娘二人産むくらい使い古したし、なかなか気持ちよかったぞ?」

「あんたがいらなくなった物を俺に押し付けてくるなよ。」

この男は、自分が人を殺させたことを分かっているのだろうか。

「まぁとりあえず、一杯飲みましょうよ。今日は、祝杯を上げるために集まったんでしょ?」

俺と伊達は、ビールを飲み、また会話を始めた。

また笑ってやがる。こいつはなぜ自分で殺すという手段を選ばなかったんだ?人ひとり殺すくらいこいつなら簡単にやってしまいそうだが。自分で殺すと、殺人で捕まる可能性が上がるからだろう。

「これから近藤さんはどうするんだ?」

「無事お勤めが終わったから、しばらくはあんたにもらった金で、ゆっくり過ごすかな。」

今は、派手に動き回ることはよした方がいいだろう。

「そうかそうかせっかく金を手に入れたのに、風俗に行ったりはしないんだな。」

「まぁ一般的にはお前は人殺しだしな。無駄に動き回ってどっかの誰かに殺されるかもしれないしな。」

まだ一杯目なのに早くも帰りたいと思っている。今後は慎重に行動しなければならないので、あまり酔いすぎるのも良くないだろう。

「酒が進んでないみたいだけど体調が優れないのかい?」

酔う訳にはいかないということを悟られないようにしなければ。幸い前より飲めなくなっている。神とかいう奴が俺に味方しているのかもしれない。

「7年間も酒と無縁の生活を送ってきたんだから仕方ないだろ。」

「それもそうだな。あんたが飲めないなら、いっそのことお開きにしようか。」

俺はこの男の気味の悪い笑顔しか見たことがない。だからこそ、何を考えているのかわからないが、できるだけ早く帰りたいから、俺は、こいつに賛成した。


 さっきまでの騒音が嘘のように、静かな夜の街には人通りは少なく、すれ違う人の多くは、酔っ払いである。

しばらく歩いて、家の近くの信号に引っかかる。反対側には、酔っ払いには見えない人間が一人いる。こちらを見ている気がするが、暗い上にフードを被っているため、判断ができない。信号が青になり、歩き始める。

当然ながらフードを被った奴もこちらに向かって歩き始めた。

アイツとすれ違う時に俺はやっぱりこっちを見ていることを確信した。俺を見てくるということは俺のことを知っているということだろう。一瞬だけ最悪の想定をしてしまったが、おそらく大丈夫さろう。

と、思った自分が今では憎い。最悪のことが起こった。刺されている。しかも肝臓のあたりだ。激痛が走っているため、ただうずくまることしかできない。救急車を呼ぼうにも、スマホは、解約されているた使えない。

ならば誰かに助けを求めようか。いや、だめだ。付近にはいつの間にか人がいなくなっている。

もうだめか。まさかこんなにも早く殺されるなんて思っていなかった。もっと警戒するべきだった。

そういえばすれ違う時、アイツ笑っていた気がする。見たことがあるような笑みだった。どこで見たかはもう考えられない。

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