第44話 それぞれが失ったもの

月が無い夜。

子供天狗と鬼丸は、童の家に来ていた。


こっそり、音を立てない様に、童の家裏の土砂岩を片付けた。


「童、音を立てないで片すのは難しいぞぉ…」

「しぃ…!」


出来る限りの小声で言う鬼丸に、黙る様合図する。

いつも以上の力を使って、慣れない気遣いを駆使して、片付け終わったのは薄っすら明るくなった頃だった。


「やった…!」


思わず声を出して喜んだ。

鬼丸は座って休んでいる。


…がたん。


急に物音がして、そちらを見る。

童が立って、こちらを見ていた。


「な、なんだ…」

童は目の前の景色がさも信じられないといった風に見ている。


「な、なんで鬼がいるんだ…、早くこっち来い…!」

子供天狗を呼ぶ。


童は鬼を見て勘違いをしている。

きちんと話をしないといけない。


「早く来るんだ!」

童が声を上げるものだから、言うことを聞いて近づいた。童は腕をきつく掴んできた。


「大丈夫か?怪我してないか?」

小声で話す童の腕は震えていた。


「お、鬼!あっち行け!」

童は大声を出したつもりなのだろうが、震えた声で大した声ではなかった。

しかし静まり返った朝方だったので、鬼丸にも届いたようだ。


「俺は帰るぞぉ」

鬼丸は素直に、子供天狗にそう言うと山の中へ走って行った。

童は、鬼丸が後ろ姿を見た途端、近くの石を投げつけ始めた。

「二度とくるな…!」

震える声で続ける。

鬼丸がどんな気持ちで土砂岩を片付けていたのかを思うと、とてもじゃないがいくら童といえど許す事は出来なかった。


「やめてくれ!」

童の石を持つ手を制止する。


童は動きをぴたりと止め、子供天狗を訝しげに見つめた。


「お前、誰だ…?」


子供天狗はまずい、と思った。

童は、目の前の子供は面をつけた山ギツネだと思っているのに、声が違っては怪しむのは当然だ。


童はゆっくりとお面に手をあて、取った。


青い目と金色の髪をした、初めて見る顔が出てくる。


「お前、…」


以前手伝ってくれた子では無いと知って、童は何も言えなくなった。

板を一緒に探してくれたお面の子は、全く知らない子であったのだ。


「なん、なんだ、一体?お前、誰だ?」

訳が分からず童は聞いた。


子供天狗はどうしたらいいかわからない。

喋ることも出来ず、咄嗟に天人に探して貰った板を渡した。


童は始め何か分からず、ただ受け取り、それが屋根の板の一部である事に気づいて、子供天狗を再び見る。


「お前、これ、見つけてくれたのか」

童の言葉にも返事が出来ない。

子供天狗は、言わなければいけない事があって、何とかしてそれを言おうと頭を働かせた。


「それは…」


童の目は少し期待するような、そんな目だった。

一度息をのんで、もう一度言う。


「それは、お前が失くした板の真ん中だ。二日月の」

「ああ、知ってる!」

「それは、空から降りてきた、二日月そのものなんだ」


童はまたしても意味が分からず止まってしまった。


「それを板に戻せば、二日月は空に帰る」

「どう言う事だ?」


童が子供天狗に聞いた所で、話し声に気づいた村人が数人寄って来た。

村人達は、金色の髪と青い目をした子供天狗を見て、人ならぬものだと思ったらしかった。

小さな悲鳴を上げては、近くに落ちていた木を持ち、先を向けて来る。


「…」


子供天狗は童と村人を交互に見ては、しかし何も言えず、ただ逃げる事しか出来なかった。


遠のく村の中での声が、天狗の耳には入ってくる。村人が天狗が出たと騒ぎはじめて、大事になっていく次第が。耳を塞いでも声は入って来て、子供天狗は気が狂いそうになりながら走って帰った。



童は昇っていく太陽のおかげで、自身の畑から土砂岩が綺麗に片付けられている事に気がつく。


そして、鬼と天狗がしてくれたのだと想像はついたが、鬼も、天狗も、なぜ畑を片付けてくれたのか??


童には全く意味がわからなかった。


その日、童は村人のおかげで板を屋根に戻す事が出来た。

そしてその夜、二日月が地を照らす頃、童は子供天狗の言っていた事が気になって外に出た。


すると、ちょうど光り輝くうさぎが家の裏にいるではないか。


兎は童に向かって人間の言葉を話した。


「人間の子」

童はあらためて驚いて胸の前で手を合わせた。

「天魔に追われた私を救った人間の子よ。私は空に帰るが、いつも空から見ている事を忘れないで欲しい」


童は答える事など出来ず、ただ見つめている。光る兎はそう言うと空へ消えていった。


童は訳も分からず、それを見ているだけだったが、なんだか月がいつもより力強く光っている様な気がするではないか。


そして屋根を見てみれば、そこあったはずの二日月の模様は無くなっているのだった。

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