第45話 一件落着

雨がまた降って来て、ここ数日は雨続きだ。


子供天狗は、いつの間にか筒の道具を使わなくても遠くを見れるようになっていた。

ずっとつけていたお面は童から取り返さぬまま逃げて来たので、顔には何もつけていない。


童はあれから、またいつも通りに暮らしている。


祭りは雨のせいで簡単なものになったらしく、童は練習していた鈴の踊りを披露する事が出来なかったようだった。


村人は天狗が出たと言って、童に気をつける様に言っていた。

天狗に目をつけられたら危ない、と。


確かに天狗には違いないが、ひどい言い草だ。


童は二日月を見送った日から、夜になると外に出て空を眺めている時がある。おっとう達の事を思っているんだろうか?


「おい、お前。鬼丸の所へいくぞ」

山ギツネが横穴に現れる。

「鬼丸になんか用か?鬼丸は忙しいぞ」

「何をしておるのじゃ?」

「川から水が溢れない様に岩と土を積まなきゃならんらしい」

「ほう?」

山ギツネは、川の氾濫を防ぐ為に岩土を積むように言いにいこうと思っていたので、驚いた。

「ただの阿呆ではないようじゃ」

鬼丸の事は阿呆だと常々思っているが、地獄の鬼を懲らしめたり、琵琶の物の怪とやり合ったり、単純なだけで阿呆ではないのかもしれないと、考えをあらためる山ギツネなのであった。

「それでは鬼丸の所へ行こうか」

「…話聞いてたか?」

「岩土を盛るなどすぐに終わるじゃろ、天人の所にいくぞ」



人けの無い、草むら。

その真ん中に忽然と赤紫の渦が巻き出し、中から大きな鬼の手が出てくる。そして次は岩の様な体。

体から湯気を出して、金棒を手にしている。

「許さぬぞぉ天狗ぅ!」

人間の世に来た鬼達は、一度は天狗達によって地獄に帰された。しかしまたこうやって、人間の世に来たのだ。


「しつこいねえ」


鬼の前に、人間の様な姿の男がいつの間にか立っていた。

人間というにはあまりにも端正な顔をした男は、扇子を開いて傘がわりにしている。


「なんだ、お前は」


男はただにこりとして答える。


「人間の世を壊す気なのかな」


「ふん!」

男を叩き潰そうと、金棒を振り上げる。


男は、扇子を持つ手をおろしながら、そのまま半月の弧を大きく描く。

すると、男の青々とした衣は紅蓮の緋色に早変わりし、そのまま扇子の風を繰り出しては、鬼の金棒を軽く吹き飛ばした。


「追い返しても追い返しても戻ってくるなら…そうだなぁ、あと数年は這い上がって来れない様に、地獄深くへ送ってやろうか」


男は衣だけでは無く、瞳すら緋色に変わっていた。



小さな餓鬼は、目の前の小さな鬼に見られて固まっていた。


「なんだわれー??餓鬼か?ちっさいな、それに汚い」


そう言ってののしると、餓鬼は声にもならない音を出して隠れる場所を探した。

そんな餓鬼の腕を鷲掴みにし、引っ張る。


「水浴びて着替えるぞ、飯は食えんだろうからあとから施してもらえ」


餓鬼はどうすればよいのかわからず、されるがままに引きずられて行った。


そんな様子を見守るのは子供天狗。

横には山ギツネと、鬼丸もいる。


「ここは、鬼が住まう屋敷なのか…?」


山ギツネに無理やり連れてこられた訳だが、なんと山の奥に立派な屋敷があり、その中庭には小さな鬼と、餓鬼がいる。

目と耳を澄ませば、他にも人ならぬものがいるようだ。


「天人の男が気まぐれに飼っておるのじゃろ」

山ギツネが淡々と喋る。


「気まぐれとは心外だ」

天人の声が聞こえるが、姿は見えない。


辺りを一周り見まわしてみると、いつの間にか前にいる。


天人は相変わらず笑みを浮かべている。


「わざわざありがとう。どうしても渡したい物があってね」 


そう言って鬼丸を見た。


「何だぁ?」

「人間になりたいと聞いたけど、本当?」


「あぁ、本当だぁ」

「人間になるとは不便なものだよ?」

「そんな事ねえ」

「…覚悟は出来てるのかな?」

「俺は人間になるんだぁ」

鬼丸は真っ直ぐ天人を見た。

「そんな真っ直ぐな瞳は中々見れるものでは無いなあ、君が鬼なのが、とても不思議だ」

そう言ってしばらく黙ってお互い見つめていた。


「わかった」

天人は頷くと、いつの間にか大きな数珠の様なものを手にしていた。一つ一つが違う色の玉で、白、緋、青などある。


「えらくでかい数珠だな」

「数珠ではない」

子供天狗の呟きに、山ギツネが即答する。

そのやり取りに鬼丸が視線を向けると、鬼丸の注意を引くように天人が喋り始めた。


「その玉は、人間の為になる事をする程に色を無くしていく。全ての色が無くなった時、君は人間になれるよ。覚悟があるなら、首にかけるんだ」


鬼丸は、数珠の様なものを見つめた。


「一度着けたなら、止める事は出来ないよ」


何を迷う事があろうか、今までの生き方と何も変わらないと思って、鬼丸は数珠の様なものを手に取り、そのまま首にかけた。


「似合うぞ鬼丸!」

子供天狗は思わず褒めた。

鬼丸の着ている衣も、肌も薄暗いものだから、特に映えるのだ。


山ギツネはそれを見ながら思った。

(いくら天人の力といえど、鬼の生を終えぬ内に人間の生に換わる子供など出来ようか??)

数珠の様なものを凝視し、何なのかを探る。


そんな山ギツネの様子を見ていた天人だが、特に反応はせずに、笑みを浮かべたまま鬼丸に声をかける。

「頑張ってね」

そんな言葉に、鬼丸は天人を見返した。

頑張る、の意味が理解できず、しばらく考え込むことになるのだった。

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