人間の乱

猿のこしかけ

第46話 りつ

地人ちびとら!」


屋敷の中から声がして見てみれば、物の怪の琵琶女が立っている。しかし、まるで別人で、表情は明るくなり、まるで子供の様だった。


「物の怪かぁ?」

鬼丸が驚いて叫ぶと、女は履き物も履かず、中庭に降りては鬼丸の前まで来た。


「だあれが物の怪じゃ。我は天人ぞ!」

鬼丸に顔を寄せて言い切った。


「…彼女は天人の子だ。物の怪に体を拾われそのまま使われていたらしい」


「拾われたとな?」

天人の男の説明に、山ギツネは食いついた。


「落ちておったのか?」

山ギツネは嫌味無く聞く。いやあったかも知れない。


天人の女は悔しそうな顔で話す。

「天界から落ちて気を失っておったのじゃ、我は悪くない」

消え入りそうな声も、琵琶女と同じ姿と声だというのに、表情が違うだけでこれ程までに別人に見えるのかと、子供天狗は驚いて見ていた。


「あんた名前は何というんじゃぁ?」

今度は鬼丸が話しかけた。

「名前?地人に教える名などあるか」

非常に馬鹿にした物言いではあったが愛嬌がそれを帳消しにしていた。


「なんて呼んだらいいんだあ?」

「呼び名など何でも良い、好きに呼べ」

天人の女は偉そうに目を閉じながら言い切った。

鬼丸はどうしようかと考え始める。


天人の女が次に目に留めたのは、子供天狗だった。


人間らしからぬ青い目と金色の髪をした姿に反応したのだ。


「なんじゃ、お前も天人か?」


子供天狗が纏う力で天人では無いとわかるだろうに、天人の女は当然の様に聞いて来た。

「この子は違うよ」

天人の男が教えてあげる。

「人間もこの様な色を持つ事があるのか」

天人の女は、もの珍しそうに子供天狗を様々な角度から見てやった。


そして目が合わさると、天人の女は何かに気を取られた様に目を逸らした。


「まぁ、ついて行ってやってもよい!」


「ついて…?」

山ギツネが不思議そうに聞く。

「誰がどこについていくんじゃ?」

まさかといった風に天人の男の方を向いた。


「鬼丸に?」

天人の男は言いながら鬼丸の様子を伺う。当の鬼丸は目を丸くして驚いている。

「俺についてくるってどういうことだぁ?」


「訳あって、彼女はしばらく天には帰れないんだ。その間、その玉の見守り役として協力してもらおうと思ってね」


天人の男の説明に、天人の女は気まずそうに後ろを向いた。


「訳とは?」

山ギツネが抜け目なく突っ込んでくる。


「天人の力を何処かに落としたみたいなんだ」


これには山ギツネも驚くばかりだった。


強大な神通力である天人の力を落とした!


山ギツネは、この端正な顔だちをした、仮にも天人である娘が、阿呆なのではないかと心底思った。

天から落ちる事も阿呆、物の怪に体を取られるのも阿呆。こんな阿呆な天人など聞いた事がない。


「私が探しては見たんだけども、既に誰かが拾っているようでね…上手く隠されてる所を見ると、たちの悪い何かに拾われたのかも知れない…」


既に誰かが拾っている!


天人の男は何げなく話しているが、これは大事件と言っても過言ではない出来事である。


「鬼丸達が人間の町を巡る間、ついでに探してくれると嬉しいな」

天人の男は鬼丸に微笑みながら、さも軽い事のように言ってのけた。

「いいぞぉ」

鬼丸は当然の様に返事をした。


それを横目で見ていた山ギツネ、我は関わらんぞといった風に目を下に向けた。


すると代わって子供天狗が、よせばいいのに話に入ってくる。


「何だ大変そうだな」


「お前は行かんのか??」

天人の女が子供天狗に食いついてくる。


「彼も行くよ」

天人の男が代わりに答えた。


「え?」

当の子供天狗は全く知らないようである。


「君は隣の天狗の里に行くんだろう?」

「まぁ、そうだな」


童の畑の土砂岩を片付けられた事と、人間に見つかってしまった事で、元々の役目を進める事にしたのだ。


「鬼丸も、いきなり人の前には出られないだろう?しばらく行動を共にしてあげたらどうかな?」

山ギツネはこれを聞いて、あくまでも鬼丸の為と言わんばかりの言い方がいやらしいの、と思うのだった。


「まぁ、そうだな」

鬼丸の為なら、という事で子供天狗も納得した様だった。


「鬼丸が人の為に何かをしたとしても、肝心の玉が無色になるには、天人の力が必要だ。頼んだよ」

天人の男は天人の女に向かって言った。

「安心するが良い」

天人の女は自信たっぷりに頷いて見せる。

力を落としたとは言っても、完全に無い訳ではないらしい。

しかし阿呆に任せて本当に大丈夫なのかと、山ギツネは気にかかる。


「"りつ"はどうだぁ?」

鬼丸が急に声を上げた。


「りつ?」

「名だぁ、娘っこの」


呼び名は何でもいい、と天人の女が言っていたから、鬼丸は一生懸命に考えていたのだ。


「りつ?どういう理由でりつなのじゃ?」

天人の女は何でもいいと言っておきながら、詳しく知りたがる。


「いいんじゃないのか?」

子供天狗がそう言うと、天人の女は子供天狗に近づいて来て、顔を覗き込んだ。 

「本当か?似合っておるか?我らしいか?」

質問攻めにされ困ったのか、子供天狗はとにかく頷いていた。


そんな頷く様子を見て、あの顔は何も考えないで頷いている顔だ、と山ギツネは思った。


「そうかそうか、似合っておるか、ふふふ。"りつ"か!」


何がそんなに嬉しいのか、天人の女は子供天狗の横に立ってはずっと笑顔でいた。


「してお主は何と言うのじゃ?」

天人の女…あらため、りつが子供天狗に聞く。

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