第20話 思い通りにはいかない

「さぁ行くぞ!」

湯気の鬼が子供天狗に向かってくる。

「がぁ!」

地に大きな揺れを発生させながら近づき、その大きな拳で殴りかかってくる。殴るというより潰しにかかっている。


子供天狗は身軽に避け、団扇を上下にひと扇ぎする。


湯気の鬼のこぶしは地を殴る事になりそこに大きな穴を作る。

子供天狗は生み出した風の流れの中に、鬼の力が乗ってくるのがわかった。


だから団扇うちわあおぐ。


扇がれた鬼の力は子供天狗によって、強大な風の渦に変換され湯気の鬼を襲った。



「お前の相手は我じゃ半端者!」

最初の鬼がこれまた地を揺らして向かってくる。

鬼丸は手のひら大の岩を思いきり投げつけた。

小賢こざかしいわ!」

鬼は岩を弾き飛ばす。


しかし次から次へと飛んでくる。


その内、対処しきれなくなって岩が鼻穴にすっぽり入り込んでしまった。

しかも、次々にだ。

ついに両穴の鼻穴が埋まってしまう。

この時鬼は足を止めた。

「半端も…」

口を開くとそこにも岩が次々に狙い撃ちされ、いくつかの岩を飲み込んでしまった。


「ぐっ」


息を吸う事も、く事も出来ないので、取り除く事も出来ない。

結局けっきょく手で一つ一つ取っていく事しか出来ず、しかしかなり苦しい。

鼻と口どちらが先かと思い口を選んだのだが、のどに詰まった岩までかなりの数がある。

そうして両腕がふさがるので鬼丸をどうこうする事も出来ず。


むしろ、どんなに口から岩を取り除いても、その度に鬼丸が次から次に岩を投げ込んでくるので対処しきれずきりがない、鬼丸の思う通りに事が運んでいる。


鬼は息が出来ず。そりゃぁ人間どもに比べたら息が出来なくてもある程度ていどは生きれる様に出来ているのだが、限度はある。

鬼は段々とあせって、岩を取る手もうまく動かせなくなっていた。


傍観ぼうかんしていた鬼達は、その姿に笑いをこらえなかった。しかし鬼にはそんな笑い声さえ届かない。


一方山ギツネは、力を溜めているので何も出来ない。

しかし陽炎かげろうの鬼もその場に胡座あぐらをかいて座り、目を開けたまま鬼の言葉を唱えている。

陽炎の鬼が唱えているのは天変地異の言葉で、これは天狗に近い力を持つ術だ。

「儂と術で真っ向勝負するとは中々気概のある鬼じゃ」

山ギツネは、しかしどうしようかと考えた。

おそらくあの陽炎の鬼の方が早く術を紡いでしまう。


困った困った、そう思った時。


子供天狗の周りに流れる風の流れが、陽炎の鬼から鬼の力を吸い取っているように見えた。

当の陽炎の鬼は、血走った目を見開いているが意識はどこかに飛んでおり、気がついていない様子だ。


れた力のみならず直接吸い取りいただくとは中々やりおる」


関心したのも束の間、山ギツネは自身からも力が吸われている事に気づく。

「…。おい天狗っ子、天狗っ子。」

なるべく小さい声で呼ぶ。

ここで下手に騒ぎたて、力が抜かれている事を陽炎の鬼に気づかれたくない。

しかし子供天狗は舞い回り、悦に浸り全く気づく様子はない。


「おい…おい天狗っ子…!」


いくら呼んでも気づかなさそうなので、子供天狗より近くにいる鬼丸に声をかけた。


つの無し、ちいと天狗っ子を気づかせてくれんか」

鬼丸は呼びかけられると流石さすがに気がつくのだが、鬼が岩を取り除く速さより早く岩を投げつけないといけないので忙しい。


「テングッコぉ??」

話半分に聞いている為、天狗っ子の意味がわからない。

「そうだ天狗っ子じゃ。あやつ儂の力まで吸いよる」

「すまねえ、何て言ったぁ?」

「いやだからな、天狗っ子が儂の力まで吸いよる」

「テングッコ??」

「そうだ」

「テングッコってなんだぁ」

鬼丸の中で子供天狗は人間の子供なので、話が通じない。まずは人間の子供ではなく天狗の子供だという所から話を始め、天狗の子供の天狗っ子であるという所を理解させないといけない。

しかし何度も言うが鬼丸も岩を投げつけるのに忙しい。


「もう良い、もう良い、儂がおろかであった」

「そうかぁ?いいんかぁ?」

「ああ、よいよい。そのまま頑張るがよい」

「わかったぁ」

鬼丸は素直に返事をし、応援された事で少し嬉しそうに顔を歪めた。

不思議なもので、鬼だというのに少し可愛らしく思ってしまう。


さて山ギツネと陽炎の鬼は、ひとまず膠着こうちゃく状態である。

陽炎の鬼がその異常さに気がつくまでは何も動きがないだろう。

最初の鬼も、鬼丸の好きにされているので問題無さそうである。

子供天狗と湯気の鬼、ここがどうなるかで勝敗が決まりそうだ。


「場の漂う力のみならず、鬼(と儂)の力を吸い取りうまく鬼の相手をしておるわ」

まさかこんなにもうまく立ち回る事が出来るとは。

その場にある力を使うという事自体、元々の感覚が優れているのだと思った。

少し気になるのは回り踊らなければいけないという所か。


湯気の鬼は子供天狗の風に巻き上げられぬ様に自身の体を重くしながらも、鬼の目で子供天狗を捕縛捕縛しようとしていた。

しかしなぜか不思議な事に捕縛出来ない。

それは子供天狗が天狗の踊りで吸収してしまっているからなのだが、湯気の鬼は気づかない。

「…お前は一体何なのだ!」

思う様に出来ず、いら立ちを覚える。

あのちょこまかしい子供天狗を潰せばいいだけのこと。

それが出来ないのだ。

「でええい!」

湯気鬼は考え、わざと体を風に巻き上げさせた。

そして舞い上がった所で体を重くした。

すると必然的に地に向かって落ちていくのだが、子供天狗に向かって落ちるようにしたのだ。

だがこれはいとも簡単に避けられる。

しかしそれは予想の内。

子供天狗がかわす直前に体の重さを解き、再びわざと風に舞い上げられる。そして舞い上がった所で再び重さを得、動いたばかりで動けぬ子供天狗に落ちて行った。



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