第5話 団扇の調子
子供天狗は懐から小さな
里の大天狗が自身の羽11枚を抜き取り、わざわざ子供天狗の為に作った貴重な
子供天狗は
「…」
巨石どころか、小石さえ動かない。突風程度なのだから当然だ。
子供天狗は再び団扇を扇いだ。
しかしせいぜい突風、何も起こらずどうにもならない。
おかしい、子供天狗は悩んだ。
里では人を飛ばせる程の風を起こせるのに、なぜここでは出来ないのか?
それはここが天狗の里では無く人間の里だからだった。
天狗の里は、どこにも天狗がいて、天狗の力に満ちている。
子供天狗は知らず知らずの内にその場に満ちる、他の天狗達の力を利用して術を使っていたのだ。
しかしまぁ、そんな事、子供天狗は知らない。
大天狗様の羽の調子が悪いのか?いや、そんな事はないはずだ、一体何が起きたのか??
「これでは土砂岩はどかせない」
子供天狗はどうするか考える。
しかし何も思いつかない。
しばらく考えた後、もう一度だけ団扇を扇いだ。
すると、団扇から少し力強い突風が生まれたのだが、その突風は突然に方向を変えて童の家にぶつかっていった。
ダメだ、そう思った時には童の家の屋根からひどいひび割れの音がして、砕けた板と石が落ちて来た。
屋根を壊してしまった!
どうしようかと少しの間考えていると、ゆっくりと戸が開く音がした。
家の中から童が出てきたのだ。
童は裏手に来たのだが、月明かりも無い闇夜の為、何も見えていない。
子供天狗は微動だにせず、童の様子を伺う。
童は家の壁を伝って裏手へ歩いて来たのだが、何も見えないせいで再び家の中へ戻っていった。
しかし子供天狗には、不安げな童の顔がしっかりと見えていた。
朝になれば、きっと一番に出てきて屋根が壊れた事を知る。そして今度は悲しい顔をするに違いない。
屋根が壊れたといっても雨風を防げない訳ではないし、外側の端の部分が取れただけだ。
…だけだ。
しかし童がこれを直す事は出来ないだろうし、自分はとんでもない事をしてしまったと、子供天狗は悩んだ。
屋根へ登って直そうと思ったが、きっとその物音に童は怯えるに違いない。
子供天狗は悩んだあげく、一旦、山ギツネのいる山へ戻る事にしたのだった。
山へ帰る途中、沢山の巨岩で通れない山の方から雄叫びの様な振動が聞こえてきた。
鬼どもがとうとうやって来たのかも知れない。
子供天狗は山ギツネのいる山へ戻る前に、雄叫びが聞こえた山へ向かった。
巨岩が敷き詰められた所へくると、相変わらず大きな石が転がってくる。
そもそもこの岩どもはどこから転がって来ているのか。岩どもはいつも同じ方向から転がってくる。
子供天狗は、一番手前の岩に飛び乗ると、転がってくる岩にぶつからないように気をつけながら走った。まるで砂利の様に敷き詰められた岩の上を走るのは、かなり難しかった。岩と岩を飛び渡る様に進み、これは順調かも知れないと油断した結果、足元が滑って岩の間に片足がすっぽり挟まってしまう。
はまってしまった片足を抜こうとするのだが、足の付け根部分まではさまってしまっており、もう片方の足に力が入らない。両腕の力だけで上半身をあげようと試み、両手を岩につけるのだが、体勢が悪いのだろう、上手いこと力が入らない。
そうしている間にまた岩が転がってくる。
自分にぶつからないと信じたものの、あきらかにこちらに来る流れを転がってくる。
烏天狗の言葉が蘇る。
『この岩の上を走り飛び超え行こうとは、決してするなよ』
それをしたらこうなるのだ。子供天狗は思った。
転がってくる岩はとても大きかったが、それが救いとなり、岩と岩の隙間に体を隠し真上を転がり通る岩の難を逃れた。
無理な体勢をする体はどこもかしこも痛い。
こんな体勢では団扇も使えない。
使えたとしても微々たる力であるが。
途方に暮れていると、また次の岩が転がってくる。
しかしこの岩は子供天狗からは離れた所を通っていくので安堵する。
そして次。
次の岩はそんなに大きくもなく、子供天狗がいる隙間にはまりそうな大きさだ。
もしもこちらへ来たら、潰されてしまう。
子供天狗は恐怖した。
小ぶりな岩は、そんな恐怖に気づいたかの様に子供天狗の方へ向かってしっかりと転がってくる。
ああ、ダメだ潰されてしまう。偉大な天狗がまさかの岩に潰されてしまう。
子供天狗は覚悟して両方の目を閉じた。
ごろごろごろ…
ああ、これが俺が最後に聞く音。
ごろごろごろごろ…ががっ…
別の岩に跳ね返った音か。
ごごごごごごごご…ごかっ。
どんどん大きくなる音が、急に止って消えた。
「?」
子供天狗は両目を開ける。
岩は転がってこない。しかし子供天狗の目の前でかろうじて止まっている。
「っは!」
思わず驚き妙な声が出た。狐の面の裏で大量の冷や汗が流れている。
止まった岩の後ろで大きな何かが動いたのが少し見えた。
子供天狗は術を使った両目でそれを見ると、その大きな何かが転がる岩を抑えていた。そしてそれが「鬼」である事もわかってしまうのだった。
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