第4話 童の為に

童は今日も延々と歩いて畑に行く。


子供天狗が見るに、童の家の裏には立派な畑がある。のにも関わらずなぜこんな遠くに来ているのか子供天狗にはわからない。


「聞いて見ればいいじゃろ」


そう提案してくれたのは山ギツネだった。

「聞く?天狗の俺がか?」

「何だ、お前は人間の心を読む術を使えるのか?空も飛べないのに?」

「そんな術は使えない」

ふてくされたように子供天狗は答える。

「なら聞けばいいじゃろ」

「…」

「何だどうした」

「話し方がわからない」

とても小さな声でつぶやく。


山ギツネは、こうして自分ときちんと話をしている子供天狗が何を言っているのか意味がわからなかった。


「人間と話した事が無い」

「なるほどな、しかし大丈夫、今こうして話しているじゃろが、これと同じじゃ」

「しかし人間だぞ!」

子供天狗はとんでもない事のように言い返す。


「はは、お前は勇気がないな」

その言葉に子供天狗は怒った。

「俺は天狗の里で生まれた生粋の天狗だ。人間と直接話すなんてしない」

「ではその直接話さない方法で話せば良いじゃろ」

「人間は天狗に願いを送る」

山ギツネは、子供天狗は阿呆なのかと思った。


童は天狗に何も望んでいない。

子供天狗の方から、願いを願って下さいとお願いしに行きたいという状況なのだ。

「もう良い、聞いて来てあげよう」

そして人の子に化けると、「可愛いらしいじゃろ」などと言って自慢して見せたが、子供天狗は狐のお面越しにもわかる程、ふてくされていた。

「…待っておけ」


山ギツネはあたかも自然にわらしに近づき、話しかけている。

しばらくするとお互いに笑って話しているのが見え、子供天狗は更に面白くない気持ちでいっぱいになるのだった。

そしてこっそり移動して、なるべく近い、地蔵さんの後ろから覗く。


山ギツネは話し終えると、横穴の方へ一旦戻ったのだが、子供天狗がいない事に気付いて地蔵さんの裏にやってきた。

「こちらにいたか」

子供天狗はしゃがみ込んだ状態で山ギツネを睨んでいる。

「なぜ睨む?」

「俺は面白くない」

「そうか。あの童の家の裏は、元々水田だったようなんじゃが、この前の災害で土砂岩がなだれ込んでダメになったようじゃ。哀れにな」

子供天狗の面白くないという話は聞き流して喋り続けた。

「わかったか?」

「わかった」

わらしの方を見ると、今も笑みを浮かべて畑仕事をしている。

(家裏の畑が使えたら嬉しいだろうに)

子供天狗はそう思って、次にいい事を思いついた。


「んん?ではその土砂岩を片付けてやれば、童は家の裏の田畑を使えるという事か?」

「そうじゃろな」

「もし土砂岩を片付けたら、嬉しいだろうか?」


真剣に聞いてくる子供天狗に山ギツネは、本当に童の気持ちがわからずにいるのだなと知った。


山ギツネの知っている天狗といえば、人間の良いも悪いも深く理解しているもので、よく物のたぐいから人間について相談される存在なのだと思っていた。

天狗であっても子供の場合、そんなものは全く理解していないものなのだなと知る。


「嬉しいのではないか?」

「やはりそうか!」

正直な所、わらしの気持ちなど知らぬが、普通に考えればそうなのではないだろうか。


「してお前、里を出るのは初めてか?」

「ああそうだ」

なるほどそうか、それは人間の事を知らなくてしょうがない。

天狗は、天狗の里の各地を巡って修行し一人前になると聞くが、きっとこの子供天狗はその修行が始まったばかりなのだ。

そんな風に考えれば、急に目の前の子供天狗が愛おしく思えてくる。


地蔵様に仕える前の山ギツネも、変化の術を会得する為に沢山の修行をしたものだ。人間の家にあるツボに化けてしばらくいついたり、農具に化けて農作物を少し頂戴したり…。


ふと、子供天狗の懐から巻物の様なものが少し見えた。

「お前、それは書物ではないか?」

「俺が渡さないといけないものらしい。急がぬものというから、持っている」

「そうか、しかしそんなではまた落とすのではないか?」

「今度はちゃんとここにいれている。」

懐をぽん、と叩くのだが、脇下が大きく開いているので落ちそうに見えてしょうがない。

「そうか…」


前はどんな持ち方をしていたのか予想もつかぬが、きっと手の平に持っていたとかそんな具合だったのでは無いだろうか。


子供天狗をあらためて見てみると、天狗であるのに何故か狐の面をつけているのも不思議である。

大きな緑色の葉っぱを一枚、背中に背負っているのだが、変化でもするのだろうか?それとも天狗の団扇うちわの代わりなのだろうか?


「よし、では今日の夜から土砂岩を片付けてやろうではないか!」

子供天狗は急に立ち上がって叫ぶ。童は丁度向こうを見ていたからよかったが、もしこっちを向いていれば見つかっていた。慌てて再びしゃがみ込み、童の様子を伺うと、こちらには気づかずに畑仕事をしているのが確認できたので安心した。

それにしても童は後ろ姿も何となく笑っている様にみえるな、と子供天狗は思った。


その日の夜。

月は出ていなかったが、子供天狗は童の家へ向かった。


戸の隙間から覗くと、もちろん真っ暗であり、物音もしないので寝ている様である。

裏手へ回り、畑を見ようとするが、もちろん何も見えない。

子供天狗は狐の面を取り、その青い両目をぱちくりぱちくり、何回か瞬きさせる。するとどうしたことか、真っ暗だった闇夜にぼんやりものの形が見えてくるのである。

これは天狗の術であり、暗い所で物を見たり、普通では見えない遠くを見たり、箱の中にあるのもを開けずとも透き通るように見る事が出来るのだ。

山ギツネに貰った遠くを近くに見る道具も、本来の天狗には必要ないものなのだが、子供天狗の術は力を不足の為に遠方を見るなど到底不可能なのであった。

子供天狗は狐の面を顔に戻し、土砂岩の状況を見る。田畑の山側半分が埋まっており、確かに人の手では絶対に持ち上げられないであろう巨石も見える。

「どうしようか…」

近くで見ると、思ったよりも大変そうだ。もし人間達が片付けようとすれば、大の大人が数人いても何日もかかる事だろう。きっと巨石をどうするかでも悩んで困るに違いない。


子供天狗は大きく鼻息を吐いた。

「しかし慌てるな、この俺の天狗の力、見せてやろう!」





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