第11話 闘志

(絶対に負けるわけにはいかない)

 涼香は胸の奥で闘志の炎を燃やしていた。

 江里奈に対しての怒りだけではない。むしろ、そんなものはどうでもよくなっていた。

 ただ、勝ちたい。

 涼香の心を支配しているのはそれだけである。

 先攻は涼香。

 沸き上がる闘争心をねじ伏せるように弓手を押し出し、馬手を引く。

 ゆがけが弦から離れた。

「残念!」

 あずちの側で看的をしている翼が叫んだ。矢はわずかに的を外している。

 射場内にため息の波が広がった。

 江里奈が打起こしに入る。表情からは何を考えているのか読み取れない。

 涼香と比べても遜色のない見事な会を見せた後、江里奈は矢を放った。

 ストンッ。

 気持ちいい音を立てて的を射抜く江里奈の矢。

 全員が息を呑む。その時、

「よっしゃああ」

と射場を震わすような掛け声が上がった。裕美である。つられるように他の部員も声を出す。

 江里奈は表情を変えず、弓を倒した。

 涼香はわずかに目を細める。

 涼香の乙矢。

 江里奈が中てたことで、涼香は逆に心を落ち着かせたようである。さっきよりも丁寧に動作を行なっている。

 当然のように中てた。

「よっしゃあああ」

 期待感を含んだ掛け声が上がる。

 それを聞いて今度は江里奈の心が乱れた。表情には表れないが、動作が雑になっている。

 江里奈の二本目。案の定、外した。

 一中と一中。

(行ける!)

 涼香は心の中でガッツポーズを決めた。追い風に乗った時の涼香は強い。

 悠々と引き分け、まったく乱れのないフォームで三本目を射つ。

 矢はまるで吸い込まれるように的を貫通した。

 それでも江里奈は表情を変えない。

 心なしかさっきより余裕が出てきたようにも見える。

(すごい緊張感……)

 奈央はすっかり2人の対決に引き込まれていた。合宿の余興じゃあるまいし、後輩が先輩に挑戦状を叩き付けるなんて聞いたこともないが、真剣そのものの2人の射に魅了されていた。

 今の2人の射にはとても敵わない。と奈央は思った。

 と同時に自分もいつかはあそこまで上り詰めたいという気持ちが湧きあがる。

 江里奈が会に入った。

 水のように滑らかな離れによって矢が放たれる。

 的の端ギリギリだが中りだ。

(しつこいな)

 涼香は顔を顰める。

 と、そこで裕美から「もうええやろ」という声が上がった。

 思わず2人とも振り返る。

「広井さん、最後までやらせてください」

 不満の声を上げたのは江里奈の方だった。

「いい加減にしなさい。貴重な試合前の練習時間削ってまでやることやないで!」

 涼香は何も言わずに弓を置くと、射場を出て矢を取りに行った。

 その表情からはなにも読み取れない。

 いつのまにか強い雨が降り出していた。


つづく

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