第10話 緊張

(ホントに大丈夫かよ)

 翼は怒りで我を忘れている涼香を見ながら不安になった。おそらく江里奈と他の一年生以外は全員、同じ気持ちに違いない。

 それくらい最近の涼香は不調だった。

(もしここで負けたら……)

 その後のことは想像もしたくない。最悪、涼香は弓道部を去ることになるだろう。

 そんな周囲の心配を知ってか知らずか、涼香はやる気満々だった。これほど真剣な表情は試合でもあまり見せたことがない。

 射場では一年生以外の全部員が涼香と江里奈の一騎討ちを見守っている。一年生も自主的にゴム弓を引きながら対決が気になってしょうがない。

 理恵は完全に頭を抱えている。しかし、事態はもはや彼女の手に負えるレベルを通り越していた。

 一方、騒ぎの張本人である江里奈は悠然と構えている。

「はじめ!」

 奈央が本当の試合に則って審判を務める。

 涼香と江里奈の2人が立ちに入った。

 見えない火花が散る。

「なにやってんの?」

 歩美の後ろで声がした。振り返ると裕美が眉間に皺を寄せて立っている。

「あ、広井さん、こ、これは……」

 慌てて言葉を探す歩美を無視して、裕美は一言、

「面白そうやな」

と呟いた。


つづく

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