第8話 スタンス

 着替えを終え、更衣室から出てきた涼香を翼が外で待っていた。

「いっしょにゴハン食べに行こうよ」

「うん。いいよ」

 寂しげな水銀灯に照らし出された夜のキャンパスを2人が並んで歩く。

「私さ、会の時にちょっと重心が後ろに行きすぎてるみたいなんだよね」

「えっ?」

 突然、切り出された翼の言葉に涼香が驚く。

「どうしたの?」

「いやぁ、翼が練習時間以外に弓道の話をするなんて珍しいなぁと思って」

「ちょっと!」

 翼が大げさに怒ってみせる。

「私だって心配してるんだよ。最近、涼香が調子悪いから、その分、私が中てなきゃと思って」

「でも、アンタ、選手に入ってないじゃん」

「だから、控えとしてだなぁ……」

「翼にフォローされるようになったら私もオシマイだわ」

「なんだとぉ。人が一生懸命、心配してるっていうのに」

「冗談、冗談。嬉しいよ、マジで」

 翼は久しぶりに思いきり笑う涼香を見て少しほっとした。と同時に自分でも少しヘンな気持ちだった。最初は本当に興味本位で、ただ弓道着を着てみたいと思っていただけなのだ。それがいつのまにか部のことを心配するようになっている。

(イカンイカン。私はただ涼香の側にいたいから弓道部にいるだけなんだから)

 部に、というよりも弓道そのものに深入りすることを翼は極端に恐れていた。

 「弓道こそすべて」みたいな主将の理恵を見ていると反発したくなる。もし、先輩でなかったら、「アンタの人生、それだけなんかい?」と突っ込みを入れているだろう。

(弓道より楽しいことなんて世の中にいっぱいあるんだから)

 それが水谷翼の考えなのだ。


つづく

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