第4話 一発触発

 入部審問の数時間前──。

 朝見山大学弓道部3年、北野歩美は肩を落としながらコンビニから出てきた。

(はあ、また不採用かあ)

 これで10コ目。いい加減泣きたくなる。北海道から出てきて、一人暮らしをしている彼女にとって、バイトが決まらないことは死活問題だ。

(こんな時期に潰れちゃうんだもんなぁ、あの店)

 「あの店」というのはこの間まで彼女が働いていたパン屋のことである。経営不振で急に店を畳んでしまったのだ。

(今日のコンパ代六千円、痛いなぁ)

 がっくりと肩を落として歩いていると、いきなり「ちょっとぉ!!」腕を突つかれ、呼び止められた。

「は、はい!?」

 変な人に絡まれたのかと思ってとっさに身構える。振り向くと同い年くらいの女の子が歩美の財布を持って立っていた。ツンと澄ましているが、どこか愛敬を残した顔。ミニスカートから伸びた足はきれいなのだが、同時に野生味も感じさせる。一瞬、女の子の姿に昔、教育テレビで見た名前も知らない野生の動物が重なって見えた。

「これ、落としたよ」

 女の子は歩美に財布を差し出した。

「すみません。ありがとうございます」

 顔を赤くして、女の子の手から引っ手繰るようにして財布を受け取る。そして、怒ったように歩美はツカツカとその場を立ち去った。

(危ない、危ない。貴重な資金がなくなるところだった)

 歩きながら財布をぎゅっと握り締める。

 それからふと、さっきの女の子のことを思い出した。

(うちの大学の人かな?  妙に垢抜けていたけど)

 ぼんやりと考えながら、歩美はキャンパスに向かった。


 その数時間後、入部審問に参加した歩美は、遅刻して駆け込んできた新入部員の顔を見て、思わず「あっ」と声を上げそうになり、慌てて口を塞いだ。

(財布を拾ってくれた子だ)

 悪びれもせず、「エヘヘ」と笑いながら席に着く榎本江里奈。

 主将の黒田理恵がこめかみをヒクヒクさせている。

 副主将の橋本奈央も必死で怒りを押し殺していた。

 2年生の鳥崎涼香の表情からは何も読み取れない。

 同じく2年生の水谷翼は今にも噴出しそうになのを堪えているようだった。

 この場で一番年上の広井裕美だけがニヤニヤして成り行きを見守っている。

 歩美はこの緊張感に耐え切れず、ドキドキしていた。

 ようやく、理恵が口を開く。

「榎本さん、遅刻はみんなに迷惑が掛かります。今後、気をつけてください」

「はーい」

 気の抜けた返事に、理恵が何か口を開きかけた瞬間、

「ちょっと!」

 声を上げたのは涼香だった。

「遅刻しておいて、その態度はないよね?」

 江里奈は理解できないという表情で涼香を見た。

 水を打ったように静まり返るゼミ室。

 歩美の鼓動が速くなる。

「鳥崎、もうそのくらいで……」

 理恵が取り成そうとしたが、涼香はぴしゃりと言った。

「謝りなさい」

 ひえーっ。誰か止めてよ。このままじゃあ、入部審問がめちゃめちゃになっちゃう……。

 歩美がそう思ったその時、

「すみませんでした」

 江里奈が一礼した。

 涼香は大きく息を吸い込むと座り直した。

 その後、美穂と江里奈も自己紹介を済ませ、何とか無事、セレモニーは幕を閉じた。


つづく

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