第2話 射場のプリンセス
「まさか、あんた、有名人だったとはね」
学食でうどんをすすりながら、翼は目の前にいる涼香を観察した。
高校弓道界のプリンセス。
それが鳥崎涼香に付けられた異名だった。高校弓道の世界では知らない者がいないほどの実力の持ち主だったらしい。テレビのスポーツ番組の取材を受けたこともあるそうだ。
弓道部の説明会にいた金髪女──主将の広井裕美は、翼に熱っぽく語った後、涼香を必死に勧誘しようとしたが、クールなお姫様は最後まで首を縦に振らなかった。
「なんでそこまで意地張るかねえ。弓道が原因でオトコと別れた、とか?」
次の瞬間、涼香がネギトロ丼を喉に詰まらせ咳き込んだ。
「まさか、図星なの?」
「……ち、ちがうよ! ! 全然違うから!!」
わっかりやす。
でも、そんな涼香を翼はかわいいなあ、と思った。
「私、決めた。弓道部に入る!!」
「あんたが? 本気で言ってるの?」
「もちろん」
「ムリムリ。あんたには向いてないって。やめときな」
「なんでわかるのよ。やってみなきゃわからないじゃん」
「弓道ってのはそんな簡単なもんじゃないから。礼儀とか厳しいし、上手くなるためには必死に練習しなきゃならないの。あんたにその根性ある?」
「うっ……」
翼は図星過ぎて言葉に詰まった。
確かに堅苦しいのは苦手だし、コツコツ努力するなんて耐えられない。
それでも、鳥崎涼香を魅了した弓道の世界の片鱗に触れることができたら……。
そして、できることなら、同じ空気の中でそれを共有したい。
「弓道っていうのはね……」
不意に涼香の言葉が途切れた。
その後、涼香は何を言おうとしていたのか。
でも、翼にはそれで十分だった。
「好きなんだね、弓道が」
「そんなこと……」
横を向いて目を逸らす涼香。
「やろうよ。涼香と一緒だったら、どんなことがあっても、投げ出したりしないから。いっしょに弓道しよ」
「……」
翼は涼香の言葉を待った。
透き通った瞳が遠くを見つめる。
あれから1年。
自分でもよく続いている、と翼は思う。
過去に思いをはせながら部室でファッション誌を読んでいると、ドアが開いて、広井裕美が入ってきた。元・弓道部の主将だった彼女は、金髪をやめて髪を黒く染め、リクルートスーツに身を包んでいる。
翼は反射的に立ち上がり、緊張した表情で「こんにちは」と挨拶した。
「こんにちは」
翼に挨拶を返した裕美は、買ったばかりのポカリスウェットを一口飲んでから翼に聞いた。
「なんや、1人か?」
「はい。あ、涼……鳥崎が今、自主練してますけど」
「ふうん。鳥崎、なんか調子悪いみたいやな」
「そう……みたいですね」
会話が続かない。
何か言わなきゃ、と思い、話題を変えた。
「昨日説明会に来た新入生、どんな子でした?」
すると、裕美はニヤリと笑って答えた。
「嵐を呼ぶ女、やな」
つづくhttps://kakuyomu.jp/works/1177354055343496889/episodes/1177354055411166390
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます