弐 冬至
胸焼けがするほどキラキラと眩く光る大通りから逃げ出すようにして、すぐ近くにぽっかり口を開けていた脇道へ飛び込むと、どこか昭和レトロ感じる寂れた商店街を私は当てもなく進む。
こういった時代に取り残されたように少々くたびれている場所の方が、幾分かはあの無駄に昂揚した空気の密度が薄まるような気がしてまだマシである。
それでも、ここだけ時間の流れが相対性理論的にゆっくり進んでいるかのような、人影も疎らなうらぶれた裏通りでさえ、色褪せた店構えの前には真新しい深緑のクリスマスツリーやら、こじんまりとした薬局の店頭にはどぎつい赤色のコスチュームを着せられた小象のマスコットやらが取って付けたように配置され、現代的に歪められたクリスマスがいかにこの国の基層文化に根付いてしまったのかを否応なく再認識させられる。
コンビニの店舗数すらその追随を許さず、数軒行けば商家や民家の狭間に何がしかの神社や寺が埋もれている古の都ですらこの有様なので、今の時期、日本国中何処へ行ってもこうした呪縛の結界からは逃れることはかなわないのであろう。
和風を売りにする寺の町なのだから、むしろ仏教化したミトラス神である弥勒菩薩の縁日でも行えばいいのになどと勝手に脳内都市景観コンサルト業を行いながら、
その通りかかった果物屋は間口が狭く奥に長い、いわゆる
しかし、その色褪せた店構えとは相反して、そこに並ぶ赤や黄、橙、黄緑といった果実達はなんとも瑞々しく、生命力に満ちたその色彩は疲弊した私の心にも不思議と活力を与えてくれる。
そうだ! 一年に一番、太陽と人々の生命力が弱まるこの時期に、冬至の祭を行う意義はまさしくここにあるのだ!
打ちひしがれた今の精神状態には神々しすぎるその水菓子達に、私は冬至祭に潜む根源的なその意味合いをここへきて真に悟ったような気がした。
ああ、そうだった。クリスマスの幻惑にかかって私自身うっかり忘れそうになっていたが、そういえば今日は12月22日。日本におけるまさに〝冬至〟の日だ。
せっかくだし、この店で柚子湯に使う柚子でも買って行こう。
ここまで偉そうに能書きを垂れておいて、恥ずかしながら己自身、冬至の準備をしていなかったことを今更にも思い出した私は、狭い店内へ足を踏み入れると鮮やかな黄色い色をした果実へと手を伸ばす。
だが、それが柚子ではなく檸檬であることに途中で気づき、その手を中途半端に空中で止めるとともに、梶井基次郎の小説『檸檬』のことを不意に思い出した。
そういえば、今はもうなくなってしまった寺町通りにあったというその果物屋も、明るく賑わう通りの中ではそこだけが妙に暗かったというし、もしかしたらこの店とどこか似ているのかもしれない。
そんなことを無意識の内にも思った私の脳裏に、この慢性的な憂鬱さをで吹き飛ばしてくれそうな、ある素晴らしい計画が天啓の如く閃いた。
プレゼントをするにもちょうど良い時節だ。
ここは一つ、大先達たる梶井基次郎先生のやり方を真似てみようじゃないか。
しかし、買うのは檸檬ではなく、もちろん柚子だ。
私はその紡錘形をした単色絵具のように黄色い果実の周囲を見回すと、同じく目に眩しい太陽の色をした柚子を探し出し、ただ一個だけ買ってその店を後にした。
柚子湯に使うには足りない分量だが、私が企てた計画を実行するにはこれ一つで充分である。
むしろ大量に柚子の入ったビニール袋を手に提げていたのでは、逆に目立って計画実行に支障をきたす。
寒々とした冬の路上を再び歩き出した私は、今しがた購入したばかりの黄色い実を改めてじっと見つめる。
外気の寒さとは裏腹に、悪だくみへの興奮からか妙に熱を帯びている私の手のひらに、その瑞々しい冷たさがなんとも言えず心地よい。
そのままそれを顔の高さまで持っていって匂いを嗅ぐと、檸檬以上に強烈で爽やかな柑橘系の香りが私の鼻を
そのどうにも甘酸っぱい香りに、まるで青春を謳歌していた少年時代の肉体の如く、この疲れ果てた体の内にもますます生気とやる気が目覚めてゆくのがわかる。
この視覚、この冷覚、この嗅覚……寒空の下、不気味に賑わう街を当てもなく彷徨い、わたしがずっと探し求めていたものはこれなのだ!
だから、冬至には柚子だったのだ!
わたしは今一度、その神聖なまでに芳しい空気を胸いっぱいに吸い込むと、標的の待つ約束の場所へと向かうため、ケバケバしくも光輝く街の中を盲目に闊歩して突き進んだ。
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