第10話 さよならココア
(もしかしたら、文字の読み書きの秘密について、今までの先生との間で何か嫌な思いをしたのかもしれない。たまたま、私が知らないふりをしたから、お側に残るのを許してくださったのかも)
おそらく姉姫のロジーナ様が勉強をカバーしてくれていたのだろうけれど、異国に嫁がれて、アルバート様はまったく手詰まりになってしまったに違いない。それでも勉強しないわけにはいかないので、伝手を辿ってヘレン先生に相談が持ち込まれ、姉姫に年の近かった私が抜擢された。
心を入れ替えてからのアルバート様は、徐々に紳士としての振舞いも身に着けていき、部屋を散らかしたり、従僕たちの手を煩わせることもなくなっていった。
一年が過ぎる頃にはすっかり私にも折り目正しく接するようになっていて、その距離感は淑女と紳士のそれとして、一定に保たれていた。
就寝前の【ダイアナ一代記】問答もずっと続いている。
冬の冷える夜はココアを用意して待ってくれていた。
(ずいぶんとお優しく、気が利くようになられて)
――廊下、寒かっただろ。移動の手間をかけさせるのは申し訳ないけれど、淑女の部屋に押し掛けるわけにもいかないし、俺の部屋はそれなりに広いから、二人きりでも気詰まりでもないと思って。
ココアはいつも熱々で、見計らったように部屋に運んでくれる従僕がいるのだと思っていたら、ミスター・カワードに「アルバート様が手ずからご用意してらっしゃいますよ」と打ち明けられた。
それだけでなく、本読みが終わると、アルバート様はいつも部屋まで送ってくれるようになった。
ただの使用人にそこまでしてくださらなくても、と思ってはいたのだけれど。
ドアを閉める間際の微笑みと「おやすみ」があまりにも優しくて、私はずるずるとこの習慣に甘えてしまいました。
……さらに時が流れ、アルバート様はこの国の王族のしきたり通り海軍兵学校に進み、ほどなくして戦争に従軍。
別れの前、最後の夜の【ダイアナ一代記】読み聞かせの時。
アルバート様は、私にとてもあらたまった、厳粛な顔で質問をされました。
「ダイアナはいつも家族への仕送りのことを気にかけているようだが。その、本人は結婚はしないのだろうか?」
私も居住まいを正して、真面目にお答えしました。
「考えたこともないと思います。ダイアナは、仕事のことしか考えていません」
だけど。
(ずっとお側で見守ってきた王子様の無事を、心より、願っております)
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