第9話 【ダイアナ一代記】
――むかしむかしあるところに、貴族とは名ばかりの、貧乏な令嬢がおりました。
――まるでお前のことのようだ。
――黙って聞いてください。その名は……ダイアナ。三人姉弟の長女で、物心ついたときから家計の足しになる仕事を見つけてはこれ幸いと請け負っていました。
――その本はつまり、ダイアナについて書かれた本なんだな?
――はい、そうです。タイトルは【ダイアナ一代記】貧乏貴族の娘に生まれたダイアナが、色々な事業に手を出し、財を成し、一代で大富豪となるまでのサクセスストーリーです。
――なるほど。実に興味深い。俺はゆくゆくは事業で財を成したいと考えている。ダイアナがどんな手順で成り上っていくのか、じっくり聞かせてもらおう。
――わかりました。とはいっても、最初のうちはダイアナも子どもですので、教会の煙突掃除やストーブ磨きで小銭稼ぎを始めるんです。
――貴族でもそんなことをするのか。
――お洗濯や繕い物も請け負っています。アルバート様の下着だって誰かが洗っているんですよ? 下準備として、いつも家の屋根から落ちる雨水を樽に集めておき、それをバケツに汲んで洗濯用ボイラーに運んでコークスをくべて熱するんです。その熱いお湯を木の洗い桶にうつして、石鹸で丁寧に手洗いをします。それから……。
――まるで見て来たかのように具体的だ。その本にはそこまで書かれているのか?
(見て来たことだし、自分でやってきたことですからね!)
だけどそんなこと、素直に言えない。
【アーヴィン夫人の情事】を読み上げるわけにはいかないから、今この場で私が【ダイアナ一代記】という架空の本の内容を語ってきかせているだなんて。
絶対に、気付かれてはならない。
――はい。前半部分は、ダイアナがいかにして最初の仕事を得るかまでの幼少時代が書かれています。できれば飛ばさないで聞いて頂きたいのですけど……。
余裕がないのを気取られないように、私は神妙に言った。
アルバート様は、教会の天井画に書かれた大天使様のような麗しい顔で、何事か考え込んでいたものの、「わかった」と言って小さく頷いた。
――その本にかけては、毎日少しずつ時間をかけて読んでもらうことにしよう。他にも本はたくさんある。
アルバート様の机の上には勉強用の本がうず高く積まれていた。
(文字を認識できないということは、書くことも苦手なのかしら。だとすれば、勉強はすべて読み上げが基本なのね)
あれだけの本があれば、時間いっぱい読み続けても、当面はしのげるはず。
ほっと胸をなでおろしている私に、アルバート様は不意に屈託なく笑いかけてきた。
――勉強が全部終わってから、特別に時間をとる。夕食の後、夜寝る前に読み聞かせてくれ。どうもその本は俺が質問したいことがたくさん書いてあるようだ。
アルバート様の笑顔を見てドキッとしたのは、(バレているのかな?)と思ったせいだ。
だけど助かった。
隙間時間を見つけて、毎日少しずつ【ダイアナ一代記】を書き進めよう。
(三人姉弟の長女、貧乏貴族のダイアナが事業主として成功を収めていく過程を、とことん勉強してお話して聞かせて差し上げましょう)
約束通り。
この日から、アルバート様はきちんと勉強に身を入れるようになりました。
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