第8話 あなたの為だけの物語

 ぱたん。


 耐え切れなくて、本を閉じた。

 アルバート様は、顔が真っ赤になってしまった私を不審に思ったか、立ち上がってすたすたと近づいてきた。


「どうした? 何が書いてある?」

「ええと……その……」

 ここで読まなければ、まず間違いなく「仕事ができない」とクビにされる。

 かと言って、花も恥じらう十六歳が、十三歳の王子様に読み聞かせるには、内容が。

 あまりにも。


「リジ―先生?」

 軽く身をかがめて、顔をのぞきこんでくる。

 青宝玉サファイアみたいな瞳に見つめられて、私は腹をくくることにした。


「アルバート様、長くなりますので、どうぞおかけになってください」

 椅子をすすめて、私は本を開きながら部屋を歩き始める。床に落ちていたブーツにつまずき、バランスを崩しつつもなんとか威厳に満ちた表情を保とうとする。

 ヘレン先生のように。


(私はヘレン先生に推薦を頂いて、王子様の家庭教師としてここに来たんですもの。相応の知識と教養があると見込まれて。ならば、そのすべてを使っていまこの場で語ってきかせてあげましょう)


 私から、気難しい御主人様へ。

 アルバート様あなたのためだけの物語を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る