迷える子羊

「ったくお前は使えねぇーな」


「最初は使えると思って拾ってきてやったってのに…………とんだ貧乏くじだったわ」


「もうお前の居場所はねぇーよ。ほら、とっとと消えろ」


そう言われてから私は、暗い路地の中を歩き続けている。


私の名前はロゼ。そして、ギルド、クリムゾンジャッカルの冒険者……だったものだ。


行くあてなどない。元々そういう身だったからこそ、稼ぎのいい冒険者になったのだ。

私には魔法の適性があった。それも補助魔法といって、仲間の素早さや守備力をあげると言った魔法。今までに発現した人は聞いたことがないというほど貴重な魔法らしい。


ただ魔力によって強化されたものでは、強化している部分だけにしか効力を発揮しないし、常にその魔力を纏っている必要があるが、私の補助魔法は、かけたらしばらくの間は全身にその能力が持続し、かつ重複、つまり補助魔法同士をを重ねがけすることも出来る。

ただしこれには肉体に大きな負担を与えるため、余り重ねがけしすぎると、並の冒険者程度ではまともに動くことさえできない。

初めこそギルドの私への待遇は良かったが、ダンジョン探索において目立った功績が出せなかったために、次第に待遇は悪くなっていた。入ってから3ヶ月が過ぎた頃には、既にその待遇は最悪なものだった。そして、3日ほど前に、私はギルドから追放されたのだ。


はぁ、はぁ


この能力では、1人でダンジョン探索をすることはかなり厳しい。

自分に補助魔法をかければ、4階層くらいまでのモンスターを何体か倒せるくらいにはなりそうだが、それでずっと生活していくのは不可能だ。特にこの都市の宿や食事は値段が高い。超質素な生活でさえも、その程度の稼ぎでは厳しいものになる。


私には武術の才能はないし、魔法武器を使って戦うにしても、それを買うお金が必要だ。


……あぁ、もうダメかもしれない。

私は天を見上げた。雲ひとつない青空。


あぁ、空はこんなに晴れやかだと言うのに、何故私の心の中にはずっと晴れない雲がかかっているのだろうか


「あの、大丈夫ですか?」


「……………」


「大丈夫ですか〜」


「えっと……それ私に言ってます?」


「そうですよ。ここにいるのはあなたしかいないんだから当たり前じゃないですか」


「あ、そうですよね。いえ、なにぶん自分の身を心配されたことが久しぶりのことでして、本当に私におっしゃているとは思わず」


「そうですか。でしたら、僕にできることがあったらなんでも言ってくださいね」


「なんでも……ですか」


「はい」


今日会ったばかりの見ず知らずの人に頼み事をするなんて良くないことだとわかっていたけれど、


「では………………………………





「美味しい、凄く美味しいです!」


「でしょ! 最近僕も見つけたんです。なんと言ってもこのアツアツでジューシーで口の中で蕩けるこのなんとも言えない味! ひと口食べた頃にはもう僕も既にこの店の虜ですよ」


今日はまだ何も食べていなかった。それに久しぶりのまともな食事。最近は食糧と呼べる物がなく、水だけでしのいでいるという感じだった。そんな私には、この食事が今までのどの料理よりも美味しく感じられた。


「あら、おかしい。とても美味しいのに、何故か涙が出てきて」


「…………心配いりませんよ。いくらでも食べてください」


そういう彼の目は、慈愛の心で充ちているような気がして、心が軽くなった感じがした。




「ごちそうさまでした。最近あまり満足のいく食事がてきていなくて、本当に助かりました」


「いえいえ。僕も最近宿がなくて困ったことがありまして。それでちょっとだけ野宿生活を送っていたので、あなたのことがなんだか昨日の自分のように感じてほっとけなかっただけなんだと思います。お礼とかだったら気にしないでください」


「いえ、そういう訳には」


そう言いながら私は思った


私、本当になんにもないんだなと。今の私にはお金もなければ何か助けになれるような力もない。食事を恵んでくれた相手に何一つあげられるものが無い。そんな自分に再び絶望する。


私がお礼をすると言う前にすぐに断った目の前の少年。と言っても歳は私より2、3歳若いぐらいだと思う。その目はとても純粋で輝いていた。それは、今の私にとってはすごく羨ましいものであり、同時に眩しすぎるものでもあった。


「あの、では名前をお聞かせください。私はロゼと言います」


「シグルズ アルフィーです」


「シグルズ様。本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」


今はまだ何も返せないけど。必ずこの恩は返してみせる。ロゼはそう心に決めたのであった。



「あ、行っちゃった」


行く宛はあるのかとか、他にもいろいろ聞いておきたかったこともあったのに。


やっぱり心配だ。

この都市はとても栄えている。だからこそ、貧しい人間にとってはとても辛い場所でもある。

ここで生きていくためには、商売であったり物作りなどの能力や、冒険者のように命をかける必要がある。


まさに弱肉強食。人はモンスターとは違い、純粋な力だけでなく、富の優劣によってもその強さは決まってしまう。


だからこそ、今日も僕はダンジョン探索へと足を運ぶのだった。




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