第3話 失敗

 --ガンマ地区--


「えーつ!さっき出て行っちゃったの?」


 エイミの大きい声が響く。


「そうなんだよ、商人の奴、大量の注文があったとかで、さっき出かけちゃったばかりなんだよ。だから明日までは戻らないかもしれねーなー。」


「えー、せっかく、敵倒してレア商品手に入れてきたのに。」


 エイミは予想外の展開にショックを受けたようで、座り込む。


「何言ってんだよ。倒したのは俺だろ。」


 空気を読まないタイミングで、アルドが話に入ってくる。


「うるさい!」


 そんなアルドの足をエイミは思いっきり踏みつける。


「痛っ!なんだよ、急に期限悪くなって。てかまた商人から何か買おうとしてたのか?」


 アルドが踏まれた左足を持ちながら訪ねる。


「昨日のピリカとノーヤの為にあげたのをね。もも肉じゃなくて、むね肉だけど」


 そういうエイミを見て、アルドはにやける。


「昨日の肉、自分も食べたかったのかー。食いしん坊なやつだな!」


 にやけるどころか、大笑いするアルドにエイミの右ストレートがさく裂した。


「いいわよ。もう。またね。」


 衝撃の右ストレートにできた野次馬をかきわけて、エイミは歩いて行った。


「急に呼び出しておいて、なんなんだ、あいつは」


 無神経なアルドは左ほほを抑えながら、座りつくしていた。


「もうっ!ホントなんなのよ、あいつ。人の気も知らないで」


 エイミは落ちている意思を蹴りながら相当イライラしている。


 しかしそんなエイミに昨日のアルドの悲しい顔が浮かぶ。


「あー、もう!とりあえず明日までむね肉は買えないみたいだから、他の食材で試作品でも作ってみるか」とエイミは食材をいくつか買い足し、自宅へ帰った。


 --エイミ自宅--


「よし、まずはパンでも作ってみるか」


「昔お母さんがよく作ってくれたなー。私も手伝ったりとかして」


 そんなことを思いながら、エイミはボウルに必要な材料を入れていく。


「えーっとこれで良かったっけなー?」


 ボウルに水を入れ、指先でかき混ぜていく。


 粉っぽさがなくなってきたところで、生地をつかみ、台にこすりつけていく。


「よいしょー」


 そして叩きつけては、丸め、叩きつけては丸めを繰り返していく。


 こう同じ作業を繰り返していくことがあまり得意でないエイミはだんだん飽きてします。


 「こんなもんでいっかー」


 こねる作業を終えたエイミはボウルに生地を戻し、発酵させていく。


 どれくらい待てばいいんだろーとそんなことを思いながら、エイミはひとまずの作業を終え、外に見回りに行くことにした。


 いつものグローブを着用し、外に出る。


 「うーん、どうしようかな」


 悩んだ末にエイミは先ほどアルドと廃道の方に行っていたので、ひとまずシータ地区を見回ることにした。


 1時間ほど外を見回ったが、何も問題はなさそうだ。


「今日は小さい揺れもないし大丈夫そうかなー。そろそろパンの様子でも見に帰ろうか」


 そうエイミが思った矢先に後ろから声がかかる。


「おーい、エイミー」


 セバスチャンだ。


「あー、セバスちゃーん、何してるの?」


「ちょっと買い物をね」


「エイミこそどうしたの?アルドと一緒じゃないの?」


「うーん、そうだったんだけど、あいつの無神経さに腹が立っちゃって」


「あー、あいつそんなとこあるよね」


 こうして路上で他愛もない会話で盛り上がる。


「そういえばさー、さっき、あそこで美味しいケーキ買ったの。良かったら家で食べない?」


 セバスちゃんの誘いにエイミは目が輝く。


 しかし、頭の中には発行中のパンが思い浮かぶ。


 ケーキとパンの二択でフルパワーで頭を回転させ、一瞬で答えを導きだした。


「いいのー?行く行くー!」


 少しくらいならいいよね? エイミはそう思いながらセバスちゃん宅へ歩き出していく。


「ケーキはねー、イチゴとチョコレートがあるんだけど、どっちがいい?」


「えー、私が選んでいいの?」


「いいのいいの。私は何回か食べてるから。あのお店ねー最近できたんだけど、すごく評判なの」


「そうなんだー。何回か見回りの時に目の前通って、おいしそうだなーとは思ってたんだけど、見回り中に買うのは何か気が引けてね」


「そうだよねー。今日は時間あるんだよね?家でゆっくりしていきなよ。紅茶も新しく買ったし」


「するするー」


 すっかりエイミはパンのことも忘れた、ケーキ好きのただの女の子になっていた。


 --セバスちゃん宅--


「本当アルドは女心わからないやつだねー」


「ホントそう。せっかくサンドウィッチ作ってあげようと思ったのに、台無しだよ!」


 その瞬間、エイミの頭の中に発酵したままのパンが浮かぶ。


「あっ、やばーい」


 口に手を当て、思い切り立ち上がるエイミ。


「どうしたの?」


 セバスちゃんがキョトンとした顔で尋ねる。


「すっかりパンのこと忘れてた」


「パン?」


「うん、試作品としてとりあえずパンを作ってみようと思ってさ。見回りに行ってたのも発酵中の間だけって思ってたんだけど」


「なんだ、ちゃんとサンドウィッチづくりの準備に余念ないじゃん」


 にやにやした顔をするセバスちゃん。


「ちょっとからかわないでよ。ごめん、ちょっと心配だから帰るね。今日はありがとう」


 エイミは少し顔を赤らめながら、紅茶を全部飲み干した。


「うん。またいつでもおいでー。また女子会しようね」


「おっけー。んじゃまたね。」


 セバスチャンと別れの挨拶をし、走りながらエイミは自宅へと戻っていった。


 --エイミ自宅--

 

「はぁー、すっかり遅くなっちゃったよ。大丈夫かなこれ?」と長時間発酵し続けたパンを見てエイミは思った。


「まぁここまで作ったんだからやってみるか」


 エイミはその後パンにいくつかの工程を施し、オーブンにパンをセットした。


「これでよしと。」


 そしてついでだからとジャムを作ろうと決心したエイミはイチゴのヘタを取り、砂糖と共に鍋にぶちこみ、煮始めた。


 そしてサラダを作りながら、パンの出来上がりとジャムの出来上がりを待っていると、エイミの父が帰ってきた。


「ただいまー」


 上着を脱ぎながらザオルが言う。


「お帰りー、今日は遅かったね」


 時計を見ながらエイミは言う。


「商品の整理をしてたら遅くなっちゃってさー。腹減ったなー」


「ごめーん、もうすぐできるよ。ちょっと待ってて」


 洗面所で手を洗い、リビングに戻ってきたザオルはソファーに座り、本を読み始めた。


 そして30分ほど経った後、


「お待たせ―、今日は試しにパンを作ってみましたー」


「パン?何で急にまた」


「いいのいいの、気にしないで。ちょっと食べてみて」


 そう言われザオルはパンをちぎり、一口食べてみる。


「んっ!」


 ザオルは口を手でふさぐ。


「えっ、どうしたの?」


「食べられなくはないけど、ちょっとパサパサで酸味が強いぞ!」


「えー、ウソーそんなことないでしょ」


 そう言ってエイミが食べてみるも、


「ホントだー、パサパサ。しかもなんかちょっと臭いがするし」


「このジャムは美味しいじゃん。これ塗ればなんとかごまかせるよ」

 そうザオルが言うと、


「はぁー、パン作りは失敗だなー。発酵させすぎた」


 ため息を吐き、落ち込む娘を見てザオルは


「まぁー、そんなときもあるだろ。次成功させればいい」


 そんなこんなで、作ったパンは半分以上残り、初めて作ったエイミのパン作りは苦い失敗で終わった。


 --セバスちゃん宅--


 翌日エイミは セバスちゃんにパン作りのアドバイスを貰おうとセバスちゃんの家を訪れていた。


「なるほどー、そうだったんだ」


 セバスちゃんはエイミの失敗作のパンを食べながら、昨日の経緯を聞いている。


「アドバイスねー。料理は好きだけど、パンはあまり作らないからなー」


 そう言うセバスちゃんに対して、エイミは


「そっかー、セバスちゃんならなにかコツを教えてもらえるかと思ったんだけど…」


 と残念そうな顔をする。


「そうだリィカ呼んでみようか。彼女なら詳しいことわかるかもしれないし」


「あー、なるほどね、色々情報調べられそうだし」


 二人はそう言ってリィカを呼ぶことにした。


「おジャマしマス」


 連絡から数分も経たないうちにリィカが到着した。


「おー、早いねリィカ」


「ハイ、チョウドパトロールでコノアタリに、イマシタカラ。ソレでキョウはドノヨウなイライデスカ?」


 そういうリィカに


「いや、依頼なんてそんな大したものじゃなくて、パンを作ってみたんだけど、上手くいかなくて、分析してもらいたいんだ」


 とエイミが言うと、


「ソウイウコトデシタカ。オヤスイゴヨウデス」


 リィカはそう言うと分析を始めた。


「ンー、コレはパンナノデショウカ?」


 辛辣なリィカの言葉にがっくりするエイミ。


「スミマセン。パンノヨウナパンジャナイモノトニンシキサレルノデ」


 セバスちゃんは大笑いをする。


「ちょっとそんな笑わなくてもいいでしょー。一生懸命作ったんだから」


 ムッとするエイミに、


「ゴメン、ゴメン、あまりにおかしくてさ」


 セバスちゃんは、そういうものの涙を浮かべて、笑いが止まらない。


「もういい、無視、無視」


 エイミがそう言うと


「パントイッテモイロイロアリマス。ドノヨウナパンガコノミデスカ?」


「あっ、そう言えば好みを聞くの忘れてた」


「ソウデスカ。キホンテキナツクリカタヲ、サーチシテメモシテミタノデカツヨウクダサイ」


 エイミがそれを見るとビッシリとパンの作り方が書き込まれていた。


「アリガトウ、リィカ。やっぱ持つべきものは友だね」


「イイエ、トンデモナイデス。ワタシハパトロールがマダノコッテイマスノデ、コノヘンデシツレイシマス。マタナニカアリマシタラ、ゴレンラククダサイ」


 リィカはそう言い残すと颯爽と家を出ていった。


「まぁでも良かったじゃん。これだけしっかり書いてあれば大丈夫でしょ」


 そういうセバスちゃんに


「うん、なんとかなりそう。とりあえずアルドに好みのパンを聞いてくるよ」


「その意気だ、頑張って!」


 そうしてサンドイッチ作りの第一回戦に敗退したエイミは第二回戦へと突入する。




















 









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