現実を知った日
「ぼくね、執筆を辞めようと思うんだ」
大学三年の秋。
僕と彼で久々に食事に行った時。
彼は唐突にそう話した。
「どうして?」
「あれから色々書いてきたし、書籍化も期待されてきたけど」
「凄いじゃん。なんで辞めるなんて」
「評価を貰える作品って限られてるんだ。そのサイトを利用する、いわゆる読者層。それに合う作品ばかり評価される」
「それは……」
「ぼくが書きたいものと読者が見たいものって大きくかけ離れてるんだ。結局のところ、売れる作品が全て。金になる作品が全てなんだ」
「そんなことないよ」
そんなことない。
君が書く作品は、間違いなく人を魅了できる。
まだ名前が世間に出てないからって、折れる必要なんてないんだ。
「違うんだよ」
彼は優しい笑顔で、首を横に振った。
「思い知ったよ。あの世界は、売れているかどうかが全てだ。どれだけ良いものを書いたとて、知られなければ消えていく。例え読まれたって、いつかは誰からも読まれなくなる。人の記憶から無くなるものなんだ」
「だからって、もう筆を折るなんて」
「もう無理なんだ。ぼくは小説家にはなれないって。そう思い知った」
「高校の頃は、あれもこれも書きたいって躍起になってたのにね。いざ書いてみると、不安ばかり募るんだ。これでいいのか、こんなのどこが面白いんだって。完成させて公開したって、タイトルで惹き付けなきゃ読まれない。内容にどれだけ時間をかけても、設定作りにどれだけ時間をかけても、読まれることすらされない。残酷だろう?」
「気持ちはわかる。確かに、タイトルとかキャッチコピーでどうにか読んで貰おうってしてたよね。作家同士で読み合いしたりさ。でも。そんな環境でも、君の作品は誰かを寄せ付けられる。僕はそう信じてるよ!」
「きみもわかるだろう。あの界隈の残酷さを。評価されるのはいつだって同じもの。同じ作家の、同じジャンルの作品ばかり売れて、他には見向きもされない。例え内容がペラペラでも、ランキングに乗ってしまえばいいんだ。どんな手を使ってもね。注目されれば運営からもマークされるだろうし、読み専の人達だって大抵はランキングに注目するから。それさえ出来ればいい。売れるものが正義だ。そんなもんさ」
「待って×××君。そんな事を言う人じゃなかっただろ……?」
「もう疲れたんだ。売れる作品は何か、必死こいて研究してね。辿り着いたのは、こんな酷い現実だ。ぼくの書きたいものと世間が求めるもの。その乖離が何より辛かった。ぼくがやりたいことが、どうしても世間には受けない。受けたければ……いや、正確に言えば金が欲しければかな。人気のジャンルに媚びれば良かった。長ったらしいタイトルと都合の良い人間を出してさ、読み手と運営の靴を舐めてればそれで」
彼の目は虚ろだった。
まるで世界の全てを見通しているかのように、どこまでも残酷に語る。
「もうやめて。そんな×××君は見たくない」
「きみも現実を見ようよ。高校の部活とは違うんだよ。自分らしさとか、自分の為に作り上げたものなんて金にならない。人気が欲しけりゃ、世間の動向を見て、正しい作品を書こうよ。じゃないと……いつまでたっても底辺作家だ」
否定できない。
彼と僕との差は、そこにあったのか。
いつまでも、自分らしさを追って、殻に閉じこもってきた僕。
売れる作品は何か研究して、世間の人気を得た彼。
そして、才能も文章力もない僕。
埋められない差がそこにあった。
「……でもね。だからこそ、きみにはきみの作品を書いて欲しいんだ」
「え?」
「きみの作品は綺麗なんだ。何にも毒されてない。『自分が表現したいものはこれなんだ』っていう意思が感じ取れる。そんな綺麗な作品は、今まで見たことがない」
「あ、あはは。嬉しいな」
「ぼくの勝手なお願いだけど。もしよければ、きみは創作を続けて欲しいよ。きみみたいな人が、まだこの時代に抗ってることが嬉しい」
「どういう、こと?」
「売れるって何か。書くって何か。色んな人が問い続けて、途中で折れたりした。自分を捨てて売れる作品に媚びたりもした。自分らしさを保ちつつ、売れた人なんて極わずかだ。けどね。誰かに媚びたりしなくても、頑張って『自分』の物語を書き続けてる人。この世にはまだまだ希望を捨ててない人がいるんだって。そんな人がいるお陰で、夢を見る人がどんどん繋がってく。それが嬉しい」
「あははは……。僕はそんな大層なことしてないよ」
「……だから。恥を忍んで言うね。きみに創作を続けて欲しい。悩むことも苦しいこともあると思うけど、いつかきっと、君を追い続けてくれる人が見つかる。お願い」
そう言うと、僕に向かって君は頭を下げた。
応援してくれるのは嬉しい。
期待が嬉しい。
けど。
「君は、辞めちゃうんだね」
「うん」
「出来ることなら……君と続けていたかったな」
「ぼくは……もう後戻り出来ないからね。こんなに汚れた心じゃ、物語を書けないよ」
「そんなことないと思う。けど、もう意思は変わらないんだね」
「うん」
「……………………そっか」
同じ趣味を続けた仲間が。
共に研鑽を続けた仲間が。
辞めてしまうのが、こんなに寂しいのか。
「ありがとう、■■くん」
執筆をやめる彼の顔は、どこまでも哀しく、暖かい笑顔だった。
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