第2話 再会

未来に向かったアルドたちはエルジオンのシータ区画を訪れていた。輝く街並みを見渡しながら、ライセは自身に同じ風景が記録されていることを確かめる。


「わぁ……! 本当に帰って来れた! アルド、ヘレナ、ありがと! ここ見覚えあるよ!」


彼女は嬉しそうに機械の翼をぱたぱたとはためかせた。


「そうか! この調子なら他の記憶もすぐに戻るかもしれないな!」

「うん! そんな気がする……!」


手掛かりを求めて街をじっくりと観察するライセ。その様子をみていたアルドは、ヘレナが先ほどから沈黙していることに気づく。


「………………」

「……ヘレナ。さっきから何か考えてるみたいだけど、どうかしたのか?」

「ええ……。少し気になることがあって……」


ヘレナは少しアルドの方に目をやると、再びライセへと視線を戻して話しはじめた。


「……ここに来る途中、あのドローンを調べてみたんだけど、私たち合成人間の頭脳に類似した技術が使われているみたいなの。しかも、そこに生きていた人間の記憶や人格が移されているとしたら……あのビットは私やガリアードとかなり近い存在だと言えるわ」

「なるほど……。ということはつまり、その背後には……」

「クロノス博士が関わっている可能性があるわね」


天才科学者クロノスの遺した研究や発明品は、この世界に時空を超えて様々な影響を与えてきた。それらはアルドたちを導く可能性を秘めているだけでなく、いまは亡き彼の姿を知るための手掛かりともなる。今回の一件にクロノス博士が関与しているのであれば、これを無視することはできない。


「あれ……? もしかしてライセ? ライセじゃない!?」


名前を呼ぶ声にライセが振り返ると、そこには彼女を見つめる女性の姿があった。


「え……? き、きみはだれ……? あたしのこと知ってるの……?」

「もう、なにとぼけてるの!? ずっと戻ってこなくて心配してたのよ!」


女性の口調からは二人が親しい関係だったことが窺えるが、ライセは彼女についてまったく思い出せていないようだ。


「え、え、その……あの……」

「さあ! 早く家に帰りましょう!」


そう言うと、女性は何がなんだか分からない様子のライセを引っ張り、その場を立ち去ろうとする。アルドはそこに駆けつけると、噛み合わない両者の間に割って入った。


「ちょ、ちょっと待ってくれないか? ライセは記憶喪失みたいで、たぶんあんたのこと分かってないと思うぞ?」

「え……? 記憶喪失!? ライセ、本当なの?」

「う、うん……。思い出せないんだ。自分の過去も、きみのことも……」


ごめんね、とライセに告げられ、女性はしばらく言葉を失う。


「…………!? そんな……! わたしよ、わたし! IDAスクールのときから一緒の!」


ライセの記憶を呼び起こそうと女性は必死に語りかける。


「IDA……?」

「そう! 覚えてない? あなたが初めてIDAに来たとき、エアチューブの前で出会ったこと……」


IDA——エアチューブ——女性の口から出たそれらの単語に、ライセは聞き覚えがあるようだった。


***


「うう……。こんなのやだよ……。帰っちゃおうかな……」


IDAスクール、H棟へと続くエアチューブの前に、ぽつんと立ち尽くすライセの姿があった。下ろしたての制服を身に纏う彼女の後ろ姿に、一人の少女が声をかける。


「……ねぇ、あなた、どうしたの? 何か困ったことでもあった?」

「え……? あ、いや、別に……」


初めて同級生に話しかけられたライセは、逃げ出したくなる気持ちを抑えて返事をする。その緊張を察したのか、少女はゆっくりと彼女へ近づき優しく微笑みかけた。


「遠慮しなくていいのよ。わたしが力になれることはない?」

「………………」


ライセはしばらく黙っていたが、やがて勇気を振り絞り、この親切な少女に助けを求めることにする。


「その……あたし、最近ラウラ・ドームの方から引っ越してきたばかりで……これの使い方、よく知らなくて……」


ライセは背後に立てかけてある板状の機械を指でさす。


「そっか……。ホバーボードに乗るのは初めてなのね。だったらほら、一緒に行きましょう? わたしが教えてあげる!」


少女がそっとライセの手を取ると、彼女の抱えていた不安はどこか遠くへ吹き飛んでしまった。


「え、あ、うん……!」


ライセはお礼の言葉も忘れたまま、手を引く少女とともにエアチューブへと向かう。


「そうだ! わたしはマーラ。あなたと同じIDAの生徒よ。これからよろしくね!」

「あ、えっと……あたしはライセ。よ、よろしく……」


————そうだ、これはマーラと出会ったあの日——絶対に忘れちゃいけないあの日だ——!!


***


「マーラ……。マーラだ!!」


ドローンの前にライセのホログラムが現れ、彼女がマーラと呼んだ女性と顔を合わせる。


「そう……そうよ! 思いだしたのね!」

「うん……! まだ完全じゃないみたいだけど……」


記憶が戻りつつあることを喜ぶライセとマーラ。ヘレナも二人のもとへやってきた。


「よかったわね、ライセ。お友達に会えたみたいで」

「あ、そうだった! この二人はアルドとヘレナ。いろんな意味で遠くに行っちゃったあたしを、ここまで連れてきてくれたんだよ!」

「あなた方がライセを……! ありがとうございます!」


マーラがアルドたちに頭を下げると、その様子を背後から見ていた一人の男性がゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「……僕からもお礼を言わせてください」

「…………! あなたも来てたのね!」

「きみは……ティムでしょ!?」


ライセに名前を呼ばれ、男性は頷き返す。


「はい! 思いだしてもらえて幸いです。ライセさんは僕の名前をなかなか覚えてくれませんでしたから」

「ああ……! あのときはゴメンね。きみよりも、きみの研究のことで頭がいっぱいだったから……」

「はははっ! それでこそライセさんですよ!」

「…………?」


男性は声をあげて笑うが、ライセ本人はきょとんとしている。どうやら何がおかしいのか、さっぱり分からないらしい。


「ライセにマーラ、それにティムか。三人はどういう関係なんだ?」

「あたしとマーラはIDAスクール時代からの親友。ティムはあたしたちがKMS社に入ってからの仕事仲間……で、合ってるよね?」


まだまだ記憶がはっきりしない様子のライセがマーラに視線を向けると、彼女は安心した様子で微笑み返す。


「ええ。その様子だと、もう記憶の方は問題なさそうね」


ヘレナがそこへ疑問を投げかける。


「ちょっと待って。つまり……あなたたち三人ともKMSの社員ということ?」

「うん。あたしとティムは研究の方で、マーラは実験機器の製作とかをやってたから、同じ会社にいても顔を合わせることは少なかったけどね」


ライセの説明に合わせ、同僚の二人もそれぞれ頷く。


「もしかして、クロノス博士とも交流があったのかしら?」


ティムはその名前を聞くと首を傾げた。


「クロノス博士ですか……。僕は残念ながら話したことすらありませんね。ライセさんも研究者として、あの人にずっと憧れていたはずですけど、どうだったんですか?」

「いや。あたしもそんなところだよ。一度でいいから議論してみたかったな……」


悔しそうに呟くライセ。クロノス博士と話すのはKMSの研究員であっても簡単ではなかったらしい。


「まあ、でも、博士の背中を追いかける中でこのドローンができて、こうしてみんなと話せるわけだし、あの人の存在なしに今のあたしはない……かな……」


どうやらこのドローンに使用されている技術は、ライセがクロノス博士の研究を参考に編み出したもののようだ。冒険の手がかりにはならないかもしれないが、アルドはドローンについてもう少し尋ねてみることにした。


「……そういえば、ライセはどうしてその姿になったんだ?」

「………………」

「……ん? ライセ?」


ライセは本体もホログラムも固まったままで、アルドが呼びかけても動く気配は全くない。


「………………」

「おーい。聞こえてるかー?」

「……あ、ああ。ごめんゴメン。ちょっと止まってた」


マーラは心配した様子で声をかける。


「……本当に大丈夫なの? やっぱり誰かにメンテナンスしてもらった方がいいんじゃない?」

「いやいや、だいじょうぶ。自分でできるって。……まだ本調子じゃないだけだよ」


先程まで調子良く記憶も思い出せていただけに、ライセ本人も少し落ち込んでいるようだ。


「なんていうか、頭がボーっとしてる感じなんだよね。見覚えのないデータとかも記録されてるし……」

「見覚えのないデータ? 気になりますね……。少し見せてもらえますか?」


謎のデータに興味を示すティム。ライセは皆にそれを見せる準備を始める。


「えっと、壊れた動画ファイルみたいでね。これなんだけど……」


ライセがファイルを再生すると、そこにはアルドたちにも見覚えのある風景が映っていた。


「ここって、エアポート……だよな」


五人が映像を注視していると反重力装置の作動音が鳴り、奥に見えるカーゴシップが動き始める。そのとき、ヘレナの眼が高速で飛来する物体を捉えた。


「……何か来るわ!」


次の瞬間、カーゴシップにビットが勢いよく衝突し、大きな爆発が発生する。


「…………!!」


画面を覆う黒煙にアルドが絶句していると、映像はそこで途切れてしまった。


「……い、今のはいったい何だったんだ!? ビットが突っ込んできたみたいだったけど……」

「エアポート。カーゴシップ。ビットの爆発。まさか……」


何か思い当たる節があるらしく、ヘレナが一人考え込んでいると、見覚えがないと言っていたライセ自身が沈黙を破る。


「あ……わかったかも。これ、たぶんあたしが死んだときのやつだよ」

「なに……!? ライセが……!?」


皆の視線が集まる中、ライセは自分が命を落とした事件について語り始める。


「うん。数年前、あたしが乗ってたカーゴシップに爆発物を積んだビットがぶつかってきて……そのまま帰らぬ人になっちゃった、らしい。まあ、このドローンに入ってる人格や記憶は、事件が起きる何日も前に移されたものだから、実感は全然ないんだけどね……」

「……たしか、あの事件は合成人間のテロだって報道されていたはずだけど……」


マーラはそう言いながらヘレナに視線を投げかける。


「ええ、当時のことは覚えているわ……。信じてはもらえないかもしれないけれど、私はもちろん、武闘派を率いていたガリアードさえ、無防備な民間人への攻撃を支持することは決してなかった。責任の一端は同胞たちの動きを把握しきれていなかった私たちにある。でも、すべての合成人間があのようなテロを望んでいたわけではないの……!」


合成人間たちの希望を背負ってきたヘレナとガリアードにも、同胞たちの抱く憎しみや怒りそのものをコントロールすることはできなかったはずだ。それらの感情は、合成人間たちに運命づけられたものでもあったのだから——。


「いいんだよ。あたしもヘレナに会って、優しい合成人間もちゃんといるんだってわかったし、もともとそんなに恨んでたわけでもないし」

「ライセ……ありがとう……」


優しく微笑みかけるライセの姿に、ヘレナは人間と共生する可能性をあらためて感じているようだった。


「今は今で楽しいから、人間の身体への未練とかはそんなにないけど、やっぱり研究資料を全部失くしちゃったのは悔やまれるなぁ……」


よほど後悔しているらしく、ライセは深いため息をつく。


「そうそう。ライセさん、事件の直前に研究データをどこかに移動したらしくて、誰にも行方がわからないんですよね。あれから三人でKMS社の施設を一つひとつ回ったんですけど、いまだに出てこなくて……」


KMSの施設と聞き、アルドは一つの可能性に思い至った。


「もしかして、旧KMS本社にも行ってみたのか?」

「いいえ。あそこは既に閉じられていたから、機器も動かないはずだし……」

「それが……この前行ったら動いてたんだよな」


閉鎖されたはずの旧KMS本社は、むしろ極秘事業の拠点として運用されていた。ライセがかつてあの施設にデータを預けたのだとしたら、まだそこに残っている可能性は十分にあるだろう。


「それは本当ですか!? 初耳ですが、KMSならあり得る話ですね」


どうやら秘密主義のKMSは社員たちにも信頼されていなかったようだ。


「警備システムも稼働していて安全とは言い難いけど、あなたたちが望むならデータセンターまで案内するわ」


ティムはヘレナの提案に二つ返事で応える。


「おお、それはありがたい……! 是非ともお願いします!」

「よかったわね、ライセ! これであなたの仕事を完成させられるかも……!」

「うん……!」


ライセは頷くとホログラムを消し、移動する態勢に入る。


「アルド、ヘレナ、もう少しだけよろしくね!」

「おう! それじゃあ早速、旧KMS本社に向かうとするか!」


五人はアルドを先頭に目的地へと歩き出すが、ライセには一つ気がかりなことがあるようだった。


「うーん……。まだ何か、大切なことを忘れてる気がするんだけどな……」

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