碧空を翔けて

タツチキ

第1話 漂流

灯ひとつない暗闇のなか、ごうごうと風が鳴り、荒い息遣いと駆ける足音が聞こえてくる。


「くっ……! これじゃ間に合わない! ヘレナ、ここからあれを狙えないか!?」

「だめよ! 予測着弾地点が彼女に近すぎるわ……!」

「目の前なんだぞ! なにか、なにか方法は無いのか……!」


そのとき、二人の声をかき消すように轟音が響き渡る——。


「…………!! ………………。そん……な……」


ついには風の音さえノイズに飲み込まれ、崩れゆく記憶の彼方には一つの意思だけがこだましていた。


——————!?

あたしが、守らなきゃ——!

待ってて、いま、助けに行くから——!!


***


AD300年のバルオキー村、井戸の中から姿を現した一人の青年に子供たちの視線が集まっていた。


「……ほら、みつけたぞ。探してた宝物ってこれのことだろ?」


アルドは井戸の底から拾ってきた綺麗な石を子供たちに見せる。滑らかな面を持つその石は、鏡のように光を反射して輝いた。


「あー! これこれ、この石だよ! ありがとう!」

「よかったー! ピカピカのままだ!」


子供たちはアルドの手から石を受け取ると、無事に戻ってきたことを口々に喜びあった。


「今度は失くさないように気をつけろよ……って、聞いてないか」


呼びかけにも応えず、再び遊びに戻っていく子供たち。アルドがその無邪気な後ろ姿を見つめて微笑んでいると、遠くから彼の名をよぶ声がする。


「アルドにいちゃん! ちょうどいいところに!」


村の男の子が一人、アルドを見かけて駆け寄ってきた。


「ん? オレになにか用か?」

「さっきみんなで遊んでたらね、なんかヘンなのが飛んできて……ヌアル平原の方に落ちてったんだ!」

「ヘンなの……?」


アルドは思わず首を傾げた。


「うん! よろいを着た鳥みたいなやつ!」

「鳥に、鎧……?」


アルドは村の自警団員として不審なものを放置しておくことはできない。魔物の類であれば討伐しなければならない可能性もあるだろう。


「わかった。そこへ案内してくれ」


さっそくアルドは男の子と共に「ヘンなの」のところへ向かうのだった。


***


東の空高く登った日に照らされて、平原からは今日もミグランス城の荘厳な姿がよく見える。ゆったりと流れる雲の下、アルドたちは例の不審物を目指して歩みを進めていた。


「……で、どこにいるんだ? そのヘンなやつって」

「えっと、たしかあっちの方に……」


男の子がきょろきょろと辺りを見回していると、どこからか女性の叫び声が聞こえてくる。


「た、助けてーー!! 誰かーー!!」

「な、なんだ!?」


アルドたちが声のする方へ走ると、そこにはゴブリンたちに取り囲まれた若い女性の姿があった。


「やめてよ……!! こっちに来ないで!!」


よく見ると、その足元にはガードドローンらしき機械が転がっており、魔物たちは棍棒でそれをつつき回していた。


「おい! お前たち! その人から離れろ!」


アルドは剣を抜き、ゴブリンの群れに鋭い視線を投げる。


「ゴ、ゴブゥゥ……!!」


彼の気迫に怖気づいたのか、魔物たちは一匹、また一匹と撤退を始めた。


「すごい! さすがアルドにいちゃん! にらんだだけでみんな逃げてったよ!」

「……そんなに怖いのか、オレ?」


アルドが剣を収めていると、助けられた女性がお礼を言いにやってくる。


「あ、ありがとう! やられちゃうかと思ったよ……」

「ああ。きっともうやつらは戻ってこない。安心してくれ」


あらためて彼女の服装に目をむけると、未来でよく見かける白衣に似ている。アルドが彼女にどこから来たのかを尋ねようとすると、先に男の子が口を開いた。


「ねえ、おねえさん! ケガとかしてない!?」


小さな男の子の気遣いに女性は優しい微笑みを返す。


「うん。だいじょうぶだよ。心配してくれてありがとね」

「そっか! それならよかった……って、あれ?」


男の子は女性の脚を見て、何かに気づいたようだった。


「おねえさん……。あし、透けてる……!?」


男の子は恐怖の表情で後ずさる。よく見ると女性の脚は膝下あたりから半透明になっていた。


「おねえさん。もしかして……お化けなの!?」

「あ、あのね……。これは、その……」


女性は慌てて説明しようとするも、言葉が出てこないようだった。


「ああ……この人は幽霊なんかじゃないと思うぞ。これは遠くにいる人の様子が見える、魔法みたいなものなんだ。たしか……ホログラムっていったかな」


アルドは未来でこの技術が使われるのを何度か見てきた。その精度の高さは同じ時代の人間ですら、そこに実態があると錯覚してしまうほどだ。


「だから、本人はちゃんと別の場所にいるんだ。……そのドローンから映してるんだろ?」


女性はそれを聞きながら、難しそうな顔で腕組みをしていた。


「その分析は、半分正しいけど、半分間違ってる……かな」

「半分って……どういうことだ?」


アルドが聞き返すと、女性は一呼吸おいてゆっくりと語りだす。


「あたしにはね、身体がないんだ。ホログラムはただのイメージで、本体はむしろこのドローンの方なんだよね」

「そ、それって……」


“ホログラム”も“ドローン”もわからない男の子は、ひとつの結論にたどり着く。


「やっぱりお化けってことじゃん!! 出たーー!!」


大声で叫びながら、男の子はバルオキーの方へ走り去っていった。


「いや、それは違うだろ……」

「ごめんね。怖がらせちゃったみたいで……」


ホログラムの女性は申し訳なさそうに表情を曇らせる。


「いいよ。後でオレがちゃんと説明しておくから」

「ありがとね……。さっきのお礼とかもしたいんだけど、帰り道がわからなくて……。こんなに自然があって広い場所なんて、見たこともないし……」


女性が小さく息をついていると、アルドの背後から声が掛かる。


「ここはAD300年の地上……そう言えば何が起こっているか分かるかしら?」


そこに現れたのはヘレナだった。彼女は風にそよぐ草花の上をフワフワと浮遊しながらこちらへ向かってくる。


「え……!? つまり、800年前の世界にきちゃったってこと!? ……それならどうしてここに合成人間が……!?」


女性は驚いた様子だが、既に状況をのみ込みつつあるようだ。その反応を見る限り、AD1100年頃の出身らしい。


「ああ。ヘレナも未来からきてくれてるんだ。それと、人間の味方だから安心していいぞ」

「へぇ……なるほど……」


合成人間を恐れるエルジオンの人々は少なくないが、女性は敵意を向けることもなく理解を示してくれているようだった。


「あなたがどこから来たのか教えてくれない? 私たちが力になれるかもしれないわ」


ヘレナに尋ねられた女性は首を傾げる。


「エルジオン……だと思う」

「だと思う……?」


釈然としない答えにアルドは思わず聞き返した。


「いや、それが……ほとんど覚えてないんだよね……。データがうまく引き出せなくて……もしかして、記憶喪失ってやつかな? 思い出せることと言えば、あたしにはライセって名前があることと、エルジオンに住んでたこと。それと……元は人間だったってことくらいかな?」

「…………!! 元は……人間!?」


ヘレナは女性の言葉に声を失った。彼女自身にも合成人間になる前、人として生きていた過去がある。自分と同じく人と機械の境界に立つ存在に出会えたことを、どう受け止めたらよいのか困っているのだろう。


「それは大変だな……。とりあえず、エルジオンに行って調べてみよう。……ライセ、動けるか?」

「うん……。自己修復も終わったし、なんとか大丈夫そうだよ」


ライセは停止していた反重力装置を起動させると草原の上に浮かび上がる。


「そうだ……! オレはバルオキーのアルド。こっちがヘレナだ。よろしくな、ライセ!」


ライセは笑顔で頷き返す。


「アルドに、ヘレナか……。うん……! よろしくね!」


彼女はホログラムを消去すると、二人と共にエルジオンへ向かうのだった。

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