第2話「泣き虫清水さん」

「よし。清水さん、こっちは終わったよ」


 一通り作業も終えて清水さんに声を掛ける。


「うんしょ、うんしょ……」


 清水さんは手を伸ばしながら高いところに貼られた掲示物を外そうとしている。その必死な姿に思わず心を打たれる。あぁ、可愛いなぁ……


 ……それにしても、


 後ろから見ると清水さんの胸の膨らみが結構目立つ。噂ではスタイルも良いらしく、色白で細身の体に推定Dカップのバストサイズだと言われている。さっき小走りで向かってきた時も揺れてたし、これは本当の可能性が高いな。もし清水さんと付き合えたらこの雪のように白い体を好き放題できると思うとめちゃくちゃ興奮するぜ!


 っといけない。見てないで手伝わないと。


「清水さん、その掲示物は僕が外すよ」


「うん、ありがとう」


 清水さんに代わって壁に貼られた紙を剥がす。


「よし、大体外し終えたね」


「あとはあれだけだね」


 そう指差したのは後ろの壁に飾られた水色のクラス応援旗。体育祭で使われたものだ。


 近くの机を壁に寄せて上履きを脱ぐ。


「じゃあ、僕が外すから清水さんは机を押さえといて――」


 と、言いかけて気付く。待てよ?もし俺じゃなくて清水さんがこの机の上に乗ったら下からパンツ覗き放題なのでは!?


 いやダメだ!そんなことしたら清水さんに悪いし危険に晒すことになる!


 だが、せっかくのチャンスかもしれないこの状況、清水さんを机の上に立たせるのもありかもしれない。あああああすっごい悩む!!


「沢井くん、どうしたの?」


「へあっ!?パンっ……!!(地声)」


「え、パン?」


 いかん!心の声が漏れた!


「えっとその、パン!パンが食べたいなって思ってさ(沢井啓介ボイス)」


「そうだったんだ。それじゃああとで一緒に食べよ?」


 ふぅ、どうにか誤魔化せた。危うく清水さんの前で下品なことを言うところだったぜ。


「でも、沢井くん大丈夫?ぼーっとしてたし、今声が変だったけど?」


「だ、大丈夫だよ。体調が悪い訳じゃないから」


「代われるなら代わりたいけど、私じゃ沢井くんよりも背が低いし、それにその……スカートだから机の上に乗るのは、ちょっと、恥ずかしいかな……」


 ……。


 あぁ、うん。そうだよね。スカート履いた女の子が男のいる前でわざわざ高いところに乗ろうとしないよね。


 甘い考えをした自分を反省しつつ応援旗を剥がした。


          ♡


「根口先生、お願いされた用事全部終わりました!」


「あぁ、ありがとう。掲示物はここにまとめて置いてくれ」


 頼まれた用事を全て済ませた俺達は報告しに職員室へ足を運んだ。


「テストの後なのに悪いねぇ清水さん?」


「いえ、手が空いてましたし友達も手伝ってくれたので」


「そうだったのか。君も手伝ってくれてありがとう」


「いえ、僕も時間が空いてましたので」


「あぁそうだ。昼食用に買ったこのパン、食べそびれたからお礼に二人にあげるよ」


 そう言って根口先生が渡してきたのは握りこぶしよりも一回り小さいチョコパンがニ個入った袋。


「「ありがとうございます」」


 お礼を言って職員室を後にする。


「ふふふっ、良かったね。ちょうどパンが手に入って」


「うん。そうだね」


 ぶっちゃけパンが欲しかった訳ではないけどまぁいいか。


「せっかくだし食べよ?私も一個もらうね」


 嬉しそうに袋からパンを取り出してかぷりとかじりつく。


「ん~、甘~い!」


 美味しいものを食べて自然と笑顔が浮かぶ。可愛い。


「それじゃあ僕も貰おうかな」


 清水さんに続いてパンを取り出し一口かじる。


「うん。美味しいね」


「ね~」


 一緒にパンを食べながら廊下で会話する。


 テストのことやバイトのこと、二年生になった時のことやちょっと真面目な話もして、清水さんのことを色々知ってその度にどんどん好きな気持ちが強くなる。あぁ、本当に可愛いなぁ清水さん。


 カサカサカサ


 視界に何やら動く物体。


 茶色い体に六本の足、長い触角を持ったそれは、


「あっ、ゴキブリだ」


「えっ!?ゴキブリ!?」


 まるで隠密行動をする忍者の如く奴は廊下を動き回っていた。


「ひっ……ひっ……」


 まだ寒い日が続くこの時期によく出てきたなぁ。それだけ校内が温かいってことか。


「ひぎゃああああああっ!!」


「(ビクッ)し、清水さん!?(地声)」


 突然清水さんが大声を上げて泣き出した。


「ゴキブリ怖いゴキブリ怖い無理無理無理無理無理!!」


「清水さん、落ち着くんだ!下手に大声出したら……」


 カサカサカサ


「きゃああああ動いた動いたあああ!!ねぇお願い駆除してお願いお願い!!」


 こんなパニックになっても『殺して』じゃなくて『駆除して』って言うあたり育ちの良さを感じる。


「落ち着いて清水さん。とにかくここから離れよう!」


「う、動けない……」


「え?」


「怖くて動けない……」


 へなへなとその場にへたり込む。そんなに怖いの?ゴキブリが苦手で駆除できない人はいるけど清水さんはそれ以上だな!


「ううっ、うええええんうええええん!!」


 仕舞には子供のように泣きじゃくる。意外というか驚いた。清水さんにこんな一面があったなんて。でも、泣きじゃくる姿が正直可愛い……


『ねぇ、あれ見て』


『うわ、最低。女の子を泣かせてる』


 はっ!?通りかかった女子生徒達に誤解されてる!?し、白い目で見てくるのが痛い……何とかしないと!


 カサカサカサカサカサ


「きゃああああ!!来ないでえ!!来ないでえええええ!!」


 ゴキブリが清水さんに向かって一直線に走り出す。


「ひゃああああああああああっっっ!!」


 おのれゴキブリめ。何をするかは分からんが清水さんを傷付けるなら許さないぞ!


 バンッ


 近くに置いてあった新聞紙を丸めて叩き付ける。


 見事に命中し奴は紙束の下で息絶えた。


「ふぅ、間一髪だった。清水さん、大丈夫かい?」


「うぅ、ぐすっ……ひっく……」


 鼻をすすって泣き止む様子がない。余程怖かったのだろう。


 ドドドドドド


「おい、悲鳴が聞こえてきたが何があったんだ?」


 事が済んだところに現れたのは強面な顔で大柄ゴリマッチョな体つきのおっさん先生をはじめた数人の教師達だった。


「ひっく……ひっく……」


「む、女子生徒が泣いてる。お前、一体何をしたんだ?」


 いかん!何か勘違いしてる!


「いえ、その、廊下にゴキブリが出てきてちょっとパニックになってしまって、」


「本当か?この時期にゴキブリは出んし出たとしてもたかがゴキブリであそこまで悲鳴は上がらんと思うが?」


 おっさん先生信用してくれないなぁ。まぁ清水さんもすごい悲鳴上げてたし無理もないか。


 事情を説明する横で女性教師が清水さんに駆け寄る。


「大丈夫?怪我してない?(さすさす)」


「うぅ、沢井くん怖かったよぉ……」


「清水さん!?その言い方だと誤解を招くような!?(地声)」


「ほう、やはりこの男に何かされたか。事情を聞くから付いて来てもらうぞ」


 がしっ ずるずるずる


「ま、待ってください!本当にゴキブリが出ただけで清水さんには何も! いやああああ!!清水さん助けてえええええ!!(地声)」


 首根っこを掴まれた俺は引きずられながら強制連行させられていったのだった。




――数学準備室


「……レオンの奴遅いなぁ~」

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