ウソ発見器にかけられたけど、反応を出さないように頑張った話
木船田ヒロマル
ウソ発見器にかけられたけど、反応を出さないように頑張った話
学生の時、実験心理学の授業でウソ発見器に掛けられた。
「ウソ発見器」と言っても、実は色々な種類があるが、授業で扱ったのは「皮膚電位反応」を計測するものだった。
簡単に言ってしまえば「汗をかいたかどうかを電気の通りやすさで測る仕掛け」だ。
我々のかく汗には二種類ある。
体温調節の為の揮発しやすい汗と、動揺したりストレスを受けた時にかく粘りのある汗。
後者は「精神性発汗」と呼ばれ、掌、脇の下、足の裏など「精神性発汗部位」とされる特定の場所から分泌されることが知られてる。
これは我々の祖先がサルとして樹上生活していた頃、転落しそうになった瞬間に手足に滑り止めを出す為の反射で、木なんて登らなくなった今でも、我々の身体はドキリとするとかなりビビットに反応してベタべタした汗をにじませる。
「木船田君。1から9の内、何か一つ数字を選んでください。いえ、言わなくて結構です」
僕は椅子に座らされ、掌と手首の近く、腕、と3箇所に電極を貼られた。皮膚電位計の電源が入り、一定ペースで巻き取られる方眼ロール紙に僕の心の動静がグラフとして書き込まれて行く。
「全ていいえで答えてください。あなたが選んだのは1ですか」
「いいえ」
「あなたが選んだのは2ですか」
「いいえ」
「あなたが選んだのは3ですか」
「いいえ」
瞬間、グラフを描く針が大きく振れて、先生がニヤリと笑う。
「3ですね」
「参りました」
先生が眼鏡を直しながら言った。
「これが、科学の力です」
おおーっとどよめく教室。なるほどね。
授業の内容は、生徒同士がペアになり、互いに実験者と被験者をやって「情動語」と「非情動語」を読み上げ、皮膚電位反応の変化を計測する……というものだった。
被験者に読み上げられる「情動語」とは「恋愛」「死」「父親」など、多くの人に取って何かしら心が動きそうな概念を示す言葉のこと。逆に「非情動語」は「机」「昼ごはん」「水曜日」など、一般的には強い感情と結びつきにくいだろう言葉。
当時純朴な学生だった僕は情動語の例の中にあった「セックス」という言葉に、実験開始前から動揺した。
皮膚電位反応による情動の可視化は、動揺したかしないかだけでなく「どの程度動揺したか」が定量で数値化されたグラフで出る。「セックス」という言葉にバリバリ最強ナンバー1で反応してしまっては、僕が童……いや、女性よりもゾイドやガンプラと仲の良い青春を送って来たことがバレてはしまわないか──。
しかも無作為に選ばれた僕のペアは女子だ。
特に親しい相手でも片思いしてる相手でもないが、ここは冷静に振る舞ってクールに実験を終えたいところ。
落ち着け。
ここで意識し過ぎては相手(?)の思うツボだ。
幸い僕は今回テスト被験者に選ばれ、事前にアレを一度体験している。他の人より機械に出る反応を抑えることもやりやすいハズ。確か昔読んだミステリに「質問を聞いてるような振りをしながら頭の中では別のことを考えて、口先だけで答えるようにするとウソ発見器を誤魔化せる」とか書いてあった気がする。
深呼吸。禅の心だ。脳裏には白い砂浜の海辺と、寄せては返す穏やかな波をイメージする。
女子「窓」
グラフ(スゥー)
グラフの波は平坦だ。
女子「母親」
グラフ(ス、ゥー)
グラフが振れる。カップケーキの膨らみのようなカーブ。くっ。既に冷静モードを実行してるのに、タイトに出やがるぜ。
女子「高速道路」
グラフ(スゥー)
まあ高速道路に別に思い入れはない。
女子「セックス」
来た。平常心。ここは掛け算の九九だ。六の段。六一が六、六二十二、六三十八……!
グラフ(ス、ゥ、ゥー)
「母親」の時より僅かに大きく触れたものの、誤差範囲ぐらいには収まってるように見える。
やった! 勝った! 乗り越えた!
僕が童……いや、女性よりもゾイドやガンプラと仲の良い青春を送って来たことが、衆人環視の中、明らかになる事態は回避されたのだ!
ありがとう九九! ありがとう六の段!
女子「キス」
え……! 「キス」?
キス……え、キス……⁉︎
キス…………!
グラフ(ぎったんばったん! ぎったんばったん! ぎったんばったん! ぎったんばったん!)
女子「フフッ」
終
ウソ発見器にかけられたけど、反応を出さないように頑張った話 木船田ヒロマル @hiromaru712
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