誰も知らない過去の事

粉々に吹き飛んだ巨大なゴーレムタンクは、まるでスローモーションでも見ているかのようにゆっくりと倒れ、土へと還った。


レィル・スパルタンたちは、空いた穴から続々となだれ込み、前線を突破した。


そんな最中、砲弾の直撃を免れた場所で、一人の治療術師の少女が半狂乱になりながら重傷者に治療を施していた。


彼女は、先日教会の治療術師のライセンスを習得したばかりであった。


砕けたゴーレムタンクの下で泣きながら治療を施す少女に、より一層暗い影が差した。


「お前。ここで何をしている?」


新米の治療術師の少女は、恐怖のあまり胸をギュウと踏みつけられたような気がした。


見たことのないタイプの女であった。


女は、歪曲した鋭い灰色の刃の先を少女へ向けて続けた。


「何をしていると聞いているんだ」


少女は、いまにも止まりそうな呼吸を何とか、何とか、整え質問に答えた。

迂闊うかつな嘘を決して許さない冷酷な瞳だ。


「この人の・・・怪我の・・・・治療を・・・・」


「治療だと?」


握りなおされた刃には、まるで血がかよったようだった。


女は、エズメラルダは、火の如く激高し続けた。


「それで敵が減るとでも思っているのか!!!!!!」


振り上げられた刃が鈍く光を反射して、治療術師の少女は声ひとつあげられなかった。

少女の首めがけて振り下ろされた刃は、陰の中なお光り輝く銀色の刃によって寸前のところで止められた。


「逃げろ!!早く!」


「マクシミリアン様・・・・!」


「皆と合流し好機を待つんだ!お前の力が必要になる時が必ず来る!今は逃げろ!」


無理矢理にその凶刃を受け止めた銀色の刃は、切っ先がぶるぶると震えていた。

凶刃にぐっと強い力が込められ、押し返すと同時にそれは全く無くなった。


マクシミリアンの体勢が崩れる。


「刃引きした剣で何ができるというのだ?」


持ち上げられた刃は一瞬の慈悲もなく振り下ろされて、鎖骨を叩き割りあばら骨を何本か砕いたところで、全く同じ道を通り、再び持ち上げられた。


マクシミリアンはあまりの衝撃にがっくりと膝をついた。


「マクシミリアン様!!」


「次はお前だ」


薄れゆく意識の中、マクシミリアンはまだ生きている事に感謝した。


かつて、ある者が彼に言った。


お前の力が必要になる時が必ず来る。と。


ならば、それは今だ。


『グウウウウウウ!!!!アアアア!!!』


「マクシミリアン様!?」


マクシミリアンは、この世のものとは思えない恐ろしいうめき声をあげて、苦しそうにうずくまった。

と、同時に彼の全身の皮膚が張り裂け、鋭い毛でおおわれた毛皮が露わになり、全身の骨という骨が音を立てて変形し巨大化した。


「いや・・・・!いや!マクシミリアン様!!」


『ウウウウアア!!!!』


放たれた拳による攻撃はもはや人の力では無いものだった。

拳に垂直に食い込んだ刃をそのままに、マクシミリアンは間髪入れずまっすぐエズメラルダの元へ向かう。


異変に気が付いたスパルタンたちが彼の元へ殺到した。


3人、6人、9人、12人


しかし、マクシミリアンだったものは止まらない。


「このやろう!」

「・・・・化け物か!!こいつは!」

「バケモンだ!!」

「クソ!!」


全員を投げ捨て、叩きつけ、それらは一瞬のでき事で、彼は矢のようにエズメラルダの元へ駆けた。


『オオオオゥゥゥ!!!!』


この時、観測された結果をあえて勝敗というのであれば、それを別けたのはマクシミリアンだったものが繰り出した拳に彼女の剣が残されたままだった。


恐らくはただそれだけの些細な事だった。


窮地に追い詰められながらもエズメラルダは図々しく、強かであった。


彼女の刃は、虫の羽ばたきよりも強く、怪物の拳よりも速く、刃物としての役目を忠実に全うした。


「・・・戦士よ、敗北を誇れ。それは挑んだ者のしるしだ」


エズメラルダの背後でどさりと何かが倒れる音がした。

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