赤い糸の石

敵がいる。


と、されている方向から矢のように飛んできた物体に、進軍中の防衛部隊は誰もが身構え肝を冷やしたが、それがジャンヌだと知ると驚くと同時に安堵し、治療術師たちが慌てて彼女に駆け寄った。


「ジャンヌ様!わたくしフレーリアはあなたの身を案じ胸が張り裂けてしまいそうでした・・・!ご無事で何よりです!お怪我はありませんか?!」


ジャンヌは、誰もが知るように強い様子で弱音一つ、うめき声一つ上げなかった。

代わりに彼女は号令の如く言った。


「フレーリア!離れていろ!!それからマイキーに伝えろ!開いた穴は敵本陣に・・・」


「・・・・ぁぁぁはあああああ!!!!!!」


ジャンヌが飛ばされてきたのと同じ方角から弾道起動を描いて飛来したのは敵対勢力の一人であった。


衝突と同時に発生した凄まじい衝撃波は、力の及ぶ範囲の物すべてを弾き飛ばして、巨大な指で地面を練り潰したかのような傷痕を形成した。


「ジャンヌ様!」

「手を出すな!お前たちは本陣を叩け!!」

「はっ!!はい!!」


進軍をさらに早める大笛の音が高らかに響き、大地は踏み鳴らされた。





「これ、お尻あったかくて良いかも」


一方、ウォンバットではしずゑが早々に開けてしまった脱出穴からはみ出ているフサフサめがけて、ヴァイパー部隊が強烈な火炎による攻撃を仕掛けていた。


艦橋を一周するモニターには、苛烈を極めるその様子が映し出されていた。


双子のどちらかが意地悪な大人に見せつけるように言う。


「すっごいミズキー!」

「よかった。ミズキがいなかったら、みんな焼け死んでたね?」


「ふん」



全周囲モニターに、教会勢力の大軍勢がじわじわと映り始めて、霧崎は苦しそうに一息ついた。


「ミズキ君、カゼハ君、そろそろ時間だ。離脱の用意を」


ミズキとカゼハは、ほとんど同時にクウコが携えた短剣を鞘から抜いて、刀身を改める姿に目をやって、互いに頷いた。


不自然な沈黙が訪れ、騒乱が訪れ、炎が止むと同時に、白い影は目にも止まらぬ速さで地平線の向こうへ消えた。


ヴァイパー部隊を始め、ウォンバットを包囲していた部隊の視線は、遅れてやってくる予定であった多くの仲間たちの方へと、ほとんど無理矢理に引き付けられていた。




「敵襲!!!!!敵しゅーー!!!!・・・・ウゥッ」

「奇襲だッ!!奇襲っ!!!!!・・・・ゥッ」

「こいつら?!ずっと地面の下に・・・?!ガぁッあ!!!」


何日も前から、少しずつ少しずつ、仲間たちを呼び寄せ、誰にも悟られず、じっと、戦いの好機を待つ者たちが居た。


彼らの名は、レィル・スパルタン。


「後退だ!防衛ラインを再構築・・・・ぐッ!!!!はぁっ!!・・・貴様、知っているぞ!・・・・エズメラルダ・・・ッ」


現在は、元素鍛鉄の錬成者集団に甘んじている彼らレィル・スパルタンの長、エズメラルダは、手近に居合わせた最も感応能力に長けたものを自慢の刃で一突きにして高らかと宣言した。


「我らはレィル・スパルタン。我ら刃の本懐は奇襲にありッ!」


自軍総数の三分の一にも満たない彼らの登場に、教会の防衛勢力はほとんど総崩れのようになった。


意図的に狙い撃ちにされた精神感応者同士のネットワークは乱れ、交戦か後退か、決めかねているうちに次々と仲間たちは凶刃に倒れて行った。


「決して殺すな!!我らの存在をその身に刻み付けるのだ!」


彼等は、まるで統率のとれた獣の群れのように獲物たちを追い込んだ。


実用的な灰色の刃は必ず3振り1組で敵へと襲い掛かり、手足にほとんど切り落とすかのような深い傷を負わせ、あえて止めは刺さなかった。


決まって3名で行われる攻撃は、という彼らの哲学から。


止めを刺さないのは、貴重な闘争相手を減らさないためである。


教会勢力の多くは突然の奇襲に撤退を余儀なくされ、逃げ遅れた者と、勇敢に立ち向かおうとした者はもれなく彼らの手に掛けられ重傷を負った。


それから間もなくして、遠くでどおんどおんという地鳴りがした。


人々はその音を聞くと何かを思い出したかのように一斉にそちらへ向かった。


なかには殆ど這って向かうものもいた。


彼らが向かった先に居たのは、文字通り動く前線ゴーレムタンクの戦列だ。


ここまでくればもう安心だ。


上では鷹の眼たちが強力ないしゆみを構えている。


もう安心だ。


治療術師達が蜂の如く飛び回る最中、誰かがガラガラと喉を鳴らして言った。


その人物は、眩しく点滅する赤い石を衣服のどこかのポケットに深く押し込んだ。


エンゲージリングのセンターストーンとして最も価値があると言われている『赤い糸の石』その巨大な原石だ。



「お前たち、逃げたほうがいい。危ないぞ」


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