戦う女

「ガス晴れます。センサー回復」


「地上部隊の様子はどうか?」


「進軍速度一部上昇しているようですが、隊列に乱れがあるみたいです」


「都市の障壁はどうか?」


「はい、完全に自閉状態へ移行しました。人のサイズはもう通過できないと思われます」


「シャズ」


「なんだ」


「最初の一発がこの艦めがけて着弾した後、発生した誤差をこちらで修正する。そして、導き出されたルートを君は追ってくれればいい」


この、ルート機能は、教会都市が提供するサービスの一つを、最も平和的な方法を用いてこっそりと拝借はいしゃくしたものである。


「いいだろう。そんな事よりもガキどもを早く片付けたらどうなんだ?邪魔で仕方がない」


「わかっている。・・・ミズキ君」


霧崎の呼びかけに答えて、白いふさふさが艦橋の影から再び浮かび上がって、しっぽの先のフサフサをシャズの鼻先に嗅がせながらやってきた。


これは、「そこをどけ」という意味である。


「はい」


「君には・・・」


霧崎は一度言葉に詰まって苦しそうに続けた。


「君には、子供たちを何回かに分けて運んでもらいたい。頼めるか?」


「はい」


「ふん。こんな猫の手も借りる事になるとはなヴェイグ。馬鹿なガキどもを使いになんてするからこういう目に合うんだ。お前は昔から他人を買いかぶりすぎだヴェイグ」


白いふさふさは一層荒れ狂い、シャズの顔面を襲撃した。

これは「黙れ」という意味である。

シャズは何食わぬ顔をしてそれを無視した。


「相手が思ったよりも強大でな。脛やアキレス腱を狙うばかりではどうしようもいかなんだ」


「奴らを片付けたところで何も変わりはしない。また別の誰かが開いた席に座るだけだ」


「彼らはその席すらひとつ残らず吹き飛ばそうとしているのだ。シャズ」


「それはお前の誇大妄想だ。心配性もそこまで行くと病気となんら変わらない。少し休んで頭を冷やせ」


霧崎は、思わず失笑した。

そして、続けた。


「ありがとう。これが終わったら是非そうさせてもらおう・・・さぁ・・・」


霧崎が何かを言いかけた時、止んだはずの砲弾の嵐が装甲板に直撃する音が再び聞こえた。


それも、すぐそばで。


そして、艦橋の中央、三次元地理モデルが映し出されている場所に、金属の塊が投げ捨てられた。


ウォンバットの、それも、ここ、艦橋の分厚い金属製ハッチである。



「ようやく。見つけたぞ!俗め・・・!」



単騎特攻、敵対勢力の中枢部にただ一人たどり着いたのは、教会の騎士ジャンヌであった。


「仲間たちをよくも・・・貴様ら・・・」


突然の出来事に凍り付いたままの霧崎らを見回して、ジャンヌは言葉を止めた。

彼女の視線は、艦橋の壁付近、頼りなく体を寄せる少年と少女の少女の方へ向けられていた。


「ジゼル?!まさか、そこに居るのはジゼルだな?!」


ジャンヌは、未だに熱を帯びたままの刃を収めて小走りでジゼルの元へ向かった。

勿論、敵の真っただ中を堂々と通過して。


ジゼルは、ジャンヌの姿に気づくと体を縮めて目をそむけ、そんな彼女をセイムもまた庇ったが、彼女に逃げ場はなかった。


「ジゼル!やはりそうだな!?急にいなくなったりして!!私や騎士団の大勢のみんな、それに、アルメリアお姉さまがいったいどれほど心配したと思っているんだ!」


ジゼルはふと何かを告げようとして、すぐに辞めた。


「お前が居なくなってから、アルメリアお姉さまは酷く心を痛めて。直属の部下の突然の失踪は枢機派の奴等がお姉さまの管理責任を追求する口実にもなったんだぞ!お姉さまが教皇様の元を去ったと聞けば、それがどういう事なのかお前にもわかるはずだろう!」


「待ってください!ジゼルさんは・・・!」


「どけっ!!こんな得体のしれない連中にたぶらかされて。騎士としての誇りはどうした!?暴力や争いから弱きものを守るという志はどうしたと言うんだ!与えられた力にふさわしい責任をなぜ果たそうとしない!!」


しかし、さすがに言い過ぎたと思ったのか、ジャンヌは声のトーンを一段下げて続けた。

彼女とて、何もジゼルが心から憎くて言っているわけでは無いのだ。


「戻って来いジゼル。今なら私や、ガーゲインの力でなんとかできる。お姉さまも、お前が戻ればきっとお喜びになるはずだ。付き合う人間はきちんと選べ、与えられた才能を無駄にするな。さぁ、私と帰ろう」


ジャンヌは、家出をして、近所の公園の遊具の中でうずくまる可愛い妹にそうするように、手を差し伸べた。


「さぁ」


彼女は、ジゼルが聞き訳が良く、聡明で、誰よりも優秀であることを知っていた。


「さぁ・・・!ジゼル!」


しかし、ジゼルは切なそうに体を小さくするだけであった。

その、見慣れぬ態度は、ジャンヌに強烈な不安を抱かせた。


「ジゼル!聞いているのか?!ジゼル!!」


かぶり寄る彼女の前に黒鉄色の両刃斧が差し出されて、それ以上の追及を止めさせた。


「よしなさい・・・みっともない!」


この斧は、かつて教会の博物館から盗み出された盗品のうちの一つ『月の両刃斧ラブリュス』であった。

ジャンヌの怒りは、最高潮に達しつつあった。


「なんだと・・・!?貴様らに何がわかるッ!!」


「何も、ただ。あなたが今ままで、一度もまともに恋愛をしたことがないキツキツの堅物だって事ぐらいは、聞かなくてもわかるわよ」


年増としま(盛りを過ぎた女性・中年-)め・・・・ッ!!!!」


「っはあああああああああああ!!!!!!!!!」

「・・・ッ!!!」


なんの前触れもなく繰り出されたしずゑの一撃は、教会の騎士ジャンヌをウォンバットの内壁ごと打ち抜いた。


このシップはあらかじめ、外側からの力に対しては極めて強固であり、その一方で内側からの力には脆いという設計を施されていた。


これは、様々なケースにおいて、クルーの脱出を常に最優先に行えるようにするためにという、思想が強く組み込まれた結果である。


無論、そのような脱出手段は誰にでも実践できるものではない。


乱れた髪の数本が、開いた風穴から吹き込む空気の流れでそよいで揺れた。


「失礼ね。まだ※十代よ」


流れ込む空気には、土と鉄と火薬の香りが乗っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る