罠
複数のジャンガリアン級からのエネルギー供給を受けた『ハーモニックゾウ』は、扱いを間違えて刃を欠けさせなければ大抵の物を切断することが出来た。
全ての装甲板が、
「・・・・・開きました」
道具の扱いに長けたツールマイスターが、器具の動力を切り自らの居場所を一人の騎士に譲った。
騎士は、端正な顔立ちをした凛々しい女であった。
女の後には、今回の作戦の為に急遽結成された部隊が続いている。
「よし、皆、私に続け。決して離れるな」
『了解しました!ジャンヌ様!』
僅か十数名で結成された突入部隊は、ジャンヌをはじめとしてその誰もが、摸擬戦において非常に優秀な戦績を収めて来たような、白兵戦闘のエキスパートたちだった。
彼らの
ソーディアンであるジャンヌを先頭に、ブロウリスト、ロイヤルアーム、アックスバトラー、デュルカットラス、バスターシールド、ウーバーカンフー、エルアサシン、アドレナイザー、エッジタイフーンらが、続々とウォンバットへ侵入した。
巨大な艦内には一切の人気はなく、満月の夜のようにうっすらと明るく、また、念入りに人の手を入れられた通路は、傷一つ、汚れ一つ無く綺麗で、そのことがジャンヌ以外の者らを不安にした。
しかし、彼女は、いついかなる時もそうであったように、今回も胸を張り、自分を奮い立たせた。
教会と仇なすバーバリアンや、海賊ギルド達を壊滅させた時もそうだった。
全ては、弱きものの為に、そして、勇敢に刃を交え、散っていった彼らに恥じぬよう正々堂々、戦うのだ!
「よし、教会の為、大勢の人のため、勇敢にゆくぞ!」
『了解!』
「私につづけぇーー!!!!」
『うぉおおおおおおおおおお!!!!!!』
片肘をつき自分用のモニターを凝視して、霧崎は考えを巡らせていた。
このシップの脅威は、十分に演出したはずであった。
探知範囲外からの超長距離ジャンプ、元素鍛鉄で出来た船体、教会都市深部での極秘情報入手の証拠、張りぼてなどでは決してないこの艦の屈強さ、謎。
これらは、ブラフではなく紛れもない事実を、誰が見ても理解できるようにした上での演出だった。
たとえこの世界が現実でなかったとしても、ふとした拍子に体に走る痛みは本物なのだ。
そして、人は、生物は、体験によって記憶し、記憶によって思考し、思考によって行動する。
霧崎は、教会のプレイヤーたちがウォンバットの存在に圧倒され、より慎重になるのを狙っていた。
しかし、真っ先にこの艦に足を踏み入れた彼らは、霧崎の期待を裏切った。
「教会勢力ルート7通過、勢い止まりません」
シャロンの操作するフレキシブルセンサーには、罠や待ち伏せを恐れもしない屈強な侵入者の姿が映っていた。
霧崎のモニターを盗み見していたシャズが、せせら笑って言った。
「どうやら、向こうにも馬鹿がいたようだな?」
「陸上に展開する防衛勢力の進軍はどうか?」
「はい、予想より少し遅れているようです。焦げ吐き(這い)の部隊が原因のようです」
「そうか、やはり勘のいい生き物たちだ。新たな侵入者は?」
「ありません」
「侵入者の最後尾がルート18を通過と同時に隔壁閉鎖。閉じ込めろ。それから、彼らから見て13メートル先の空調をプラス7度で起動。通路の移動補助装置を
「了解!」
並外れた反射速度と、強化された身体能力、そして、日々のたゆまぬ訓練。それらを生かした接近戦こそ彼らの真骨頂であった。
閉所や入り組んだ場所、自らの手が相手に届く距離ならば、彼らに恐れるものなど何もないのだ。
ジャンヌをはじめとした一団は、緩やかにカーブしながら下へと沈む回廊に差し掛かって一層その進軍速度を速めていた。
「敵は近いぞ!すすめぇ!!」
ジャンヌはカーブの先の暗闇に目を凝らし、味方以外が放つ微かな物音さえ聞き逃さないように感覚を研ぎ澄ませた。
「ま・・・!待ってください!ジャンヌ様っ!」
すぐ後ろをついてきていた味方の声だ。
ジャンヌはすぐに立ち止まり、後方を確認した。
「どうした?!背後からの奇襲か?」
「い・・!いいえ!おかしいのですッ!走っても走っても!ジャンヌ様に追いつかないのです!」
「なんだと?!そんなバカなことがあるか!」
味方の一人は、深々と被った兜から一筋の汗をかいて、行動を交えて必死に弁明した。
「ほッ!本当です!みて下さい!!」
男はその場で全力で疾走した。
しかし、奇妙なことに、男はその場から少しも前進しなかった。
「おのれ・・・妙な術をッ!」
「ジャッ!ジャンヌ様!」
「どうした?!」
「ガスですッ!」
「ガス、効いている様です」
「地上部隊の様子はどうか?」
「依然として進軍、遅れています」
霧崎は、充満するガスの中、次々とひざをつく戦士たちの様子を眺め座りなおした。
「エイミーを向かわせろ、彼らを総放出口から排出。出来るだけ急がせろ」
「了解」
ウォンバットの外側では、待機中の治療術師達や、戦闘用の機械人形たち、そして、後方の部隊よりも一足先に、機動力に優れるはぐれスレイブと嗅ぎ豚騎乗兵の混合部隊が、出入り口と思わしき船体のつなぎ目を、片っ端から包囲した。
「猫一匹通すな!あと10分経っても動きがなければ我々もすぐに突入する!」
再度、扉の切断に取り掛かるツールマイスターの傍らで最も高位の騎士がそう号令をかけると、その場の者たちはそれぞれまばらに返事をした。
辺りをぐるりと見まわして、高位の騎士はゆっくりと頷いた。
統率こそ取れていないが、各々が確かな実力を持った者たちである。
その中の、人間よりもふた回り程大きな歩きトカゲ型のスレイブが二つに分かれた舌をチョロチョロ出して、鋭く声を上げた。
「何か来る。あの穴からだ」
歩きトカゲ型のスレイブが顎で指したのは、マグマキャノンの砲身だった。
誰もが身構え、武器の柄に手を掛けた。
武器を抜き構える者もいた。
「せんとおーたいせえー!!!!!!」
ブウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
号令の笛の音と殆ど同時に、砲身から何かが打ち出され太陽の光と重なった。
教会都市の気象コントロールシステムに従い、今日の天気は晴れであった。
「なんだ!?撃ち落とせ!」
「待て!!あれは味方だ!!」
「受け止めろ!!!」
放出された仲間たちが自由落下を開始するよりも早く、その場の者たちが素早く反応した。
彼らは、すぐにエレメントで生成された糸に刈り取った草の繊維と、ある者から分泌された粘着性の液体を含ませたものであっという間に網を生成し、最も身軽な者たちがそれぞれの四隅をジャンガリアン級に括り付けた。
ジャンガリアン級の高性能ターボジェットエンジンが
「重いやつがいる!2機は高度を下げろ!」
『了解!』
そして、空中に斜めに設置された網は、見事に彼らの仲間全員を救う事に成功した。
地上に降りた彼らに治療術師が急いで駆け寄る。
しかし、そんな、小さく、ひ弱な治療術師たちを、誰かが止めた。
歩きトカゲ型のスレイブだ。
歩きトカゲ型のスレイブは、二つに分かれた舌をちょろちょろ出して鋭く言った。
「待て、こいつらから妙な匂いがする。ただの毒じゃない。匂いそのものに
スレイブの忠告を受け、辛くも全員生還を果たした突入部隊は、いったん後方へ移されることとなった。
そして、無事救助された負傷者達の中にジャンヌの姿がなかった事が遅れていた部隊の展開を大いに急がせる要因となったのは言うまでもない事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます