クロヒョウと猫

「それで、どうするつもりだ?」


シャズの質問を受けて、霧崎は滅多に使われない自分用のモニターを手ばやに操作し、現在の状況を表す三次元地理モデルを呼び出した。


そこには、大地に半分めり込んだ状態のウォンバットを中心に、砲弾が食い込んだ地面のクレーターや、たまたま大きな石のあった場所から生み出されたであろう規格外のゴーレムタンクの様子などがわかる程に詳細で、鮮明で、膨大な情報が広がっていた。


呼び出した三次元地理モデルを指先でくるりと回して霧崎が言う。


「もうじき、砲撃が止む。彼らはこの艦に対して制空権を確保した状態で直接制圧行動に移るだろう。シャズ、君には手薄になった前線を突破し、我々が突入する際の足掛かりを用意してもらいたい。これを携帯してくれたまえ、限界まで純度を高めた特殊な共鳴石だ。これを持った君をが援護する」


「構わないが、奴らに砲撃は効かない」


教会都市の防衛機構の中に『雲撃ち』と呼ばれるものがある、これは、領域内に飛来する砲弾など、物理的なものから、エレメント操作によって作り出されたエネルギー体に至るまで一切を迎撃するためのものだ。


「知っての通り、教会が誇る雲撃ち部隊とは・・・・」


霧崎の言う通り、砲撃の嵐が一旦止んで、艦橋の中には楽器のような音色の口上がひたすらに続いていた。

たくましい女どもは、ふと日常に帰る。


(しずゑさん?ヴェイグって・・・・)

(私も私も!なぁに!?ヴェイグって!?中学生みたい)

(あの顔と性格でヴェイグだなんて、ちょっと・・・?)

(あんただって似たようなものじゃないのよシャロン)

(違いますッ!私は、だって・・・・やっぱり変ですよね?)

(そおかしら?可愛いじゃない)

(ぇ・・・ッ?!)


「・・・いずれにせよ。それにはもう手を打ってある。君はこのルートに沿って教会都市の障壁まで走り切ってくれさえすればいい。発射される種は合計12発、共鳴石の作用で君を正確に誘導する。よって、打ち尽くすまでは決して止まらないでくれ」


シャズはせせら笑った。


「その打ってある手とやらが失敗したら、その時はどうするつもりだ?」


「多くが失われる事になるだろう。しかし私は信じている」


三次元地理モデルには、教会都市防衛部隊の先兵たちが続々とこちらに押し寄せているのが映っていた。

意に介さず、二人は続けた。


「俺が来たのは、お前の言う、世界がどうだとか、後からやってくる連中がどうだとか、そんな、大げさな事の為に来たわけじゃない。あいつもだ。俺が来たのは」


「うむ」


「お前の為だヴェイグ」


霧崎はそっと目を閉じて、周りの者からは彼が僅かに頭を下げたようにも見えた。


「感謝する。・・・あぁカゼハ君。それからミズキ君も。君たちに頼みたいことがある、今更だが、引き受けてもらえないだろうか?」


ずっと隅の方で身を寄せ合っていた大きな白猫タイプのスレイブと、双子の大人しい方は、よそよそと舞台袖から抜け出し、姿を現した。


「なんだこいつは」


シャズがあまりにも鋭く睨みつけるものだから、カゼハは少しだけ委縮した。

上から押さえつけるようにシャズが続ける。


「こんなガキに何が出来る?ヴェイグ、こいつらを頼るのはやめておけ。俺一人で十分だ」


その発言を聞いて、スレイブの白猫は金色の目をぎょろぎょろさせた。

そして、大きく頭をもたげるとフサフサとシャズにかぶり寄った。


「この子達、すごいよ?」


「なんだと?猫。おまえは俺たちがこれから何をしようとしているのか分かってるのか?」


「知らないけど、この子達の事も知らないでしょ?」


「見ればガキだと一目でわかる」


「箱の中身は、開けてみないとわからない」


「なんだと?」


「難しかった?」


「・・・なんだと?」


・・・・ゥゥゥゥウウウ・・・!


一足先に寸前だった二人を少し慌てた様子で霧崎とカゼハが止めた。


「二人ともその辺にしておけ・・・ッ!状況を、考えるんだ」

「・・・ミズキ。わたしへいきだよ。気にしてない」


「少しも?」

「・・・うん。へいき」


「・・・まったく、予想もつかん」



「キャプテン。上空のジャンガリアン級から音声メッセージです。今すぐに投降せよととの事です」


「最後通告だな。彼らを迎撃するぞ。地上部隊の進行には常に目を光らせておけ。シャロン、ニュートはどうか?」


「まだ・・・かかるみたいです」


「急ぐよう伝えておけ」


「了解!」


・・・・・チュィィイィィィンッ!


遠くから壁を伝って甲高い金属音がした。

ミズキは何度か耳を回して、ぽつりとつぶやいた。


「なんだろう、この音」


誰かが意地悪くガラガラと言った。


「知りたいか?」


「うん」


「お前たちを捕まえて、改造して、奴隷人形にする奴らが来る音だ。どうだこわいか?」


「ふぅん」



しずゑが持ち場をシャロンに掛け持ちさせ、自らは戦う準備に入った。

幾つかの操作を経て、シャロンの前に現れたのはグリッド表示になったウォンバットの姿だった。

通路と隔壁以外は省略された、いわば、骨の状態のウォンバットの内部にシャロンが目玉型のグリッドを持っていくと、幾つかのモニターが連動し、その場の様子が映し出された。


「フレキシブルセンサー正常に動作しています。数はどうしますか?」


「センサーは常に先頭と最後尾を監視。7番と19番、22、30、105番、8801番から999番の隔壁を閉じろ」


「それだと、割と早くここに付いちゃいますよ?53番と87番も閉じた方がいいんじゃないですか?」


「彼らに優秀な『レンジャー』(罠や仕掛けを探知する能力に長けた者たち)が居るのであれば、こちらの方が遠回りになるはずだ」


「了解」


普段は使用されないウォンバットの隔壁や、諸事情により解放されたままだった非常用通路が次々と閉じられ。

扉や通路だった部分はたちまち壁と一体化しその姿を消した。


そして、巨大な浮きシップの艦内は、たちまち物陰で悪鬼羅刹あっきらせつうごめくような不気味な鋼鉄のダンジョンへと変容した。




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