ひとりぼっち
「・・・やっぱり。ドロシーだ」
ゲートオブリバティから、少し離れた小高い位置にある、小さな屋台が点在する展望台からは、街の様子がよく見えた。
人混みが作り出す特有の温かさの中で、セイムはただ一人、額に冷たい汗を感じていた。
本来は、陸地から続く大橋を眺めるための大砲のように大げさな双眼鏡から見える中央の塔、そのてっぺん付近に見える人物。
細く豊かな銀色の長髪に、褐色の肌、小さな胸と口と耳。
それは、ドロシーだった。
「でも、どうして・・・?」
ドロシーは、ぐったりとうなだれて、両手と両脚は金属製の拘束具で椅子に固定されているようだった。
見間違いなどでは決してない、たとえ同型の自動端末だったとしても、この時ばかりは見間違えるわけがないという確固たる自信がセイムにはあった。
彼にとって、ドロシーの姿を見間違えるという事は、母親の声を聴き違うのと同じくらいに在り得ない事だ。
しかし、いや、しかし、しかしだ。
「あああーん。セイムちゃーん。お腹すいただろう?頼むよ?な?俺様の時止めを使えばあの屋台のたこ焼きだって食い放題なんだぜ?な?ほら見ろよ・・・?あの新鮮なたこの足をよぉ、まるで今朝取れたみたいじゃねぇか」
そうだ、この男だ。
この男の協力を仰げれば、あそこまで容易にたどり着けるかもしれない。
ドロシーを助けて・・・助けて・・・助けて一体何がしたいというのだ?
謝りたかったのかもしれないし、自分が元気に暮らしていることを伝えたかったのかもしれない、しかし、実際のところ、それはぼんやりとぼやけて、彼をなおさら居ても立ってもいられなくしていたのだった。
「なぁーセイムちゃんよぉ。ほら見ろいい匂いだろ?え?ソースと青のりの・・・」
「お願いがあります!」
「ん?」
ゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウ!!!!!!!!
街中に響き渡るけたたましい警報だった。
『警報。警報。教会都市領空内に所属不明の武装勢力が出現しました。繰り返します。教会都市付近で所属不明の武装勢力が出現しました。非戦闘員の皆様は、念のため緊急避難船アークへご搭乗下さい。防衛にあたる騎士団の方々は、より高位の者に指示を仰ぎ各々防衛活動に努めてください。自動端末の皆様は、現地にて状況把握に必要な情報の収集にあたって下さい。なお、これに伴いまして、全ての一般通信網を閉鎖した後、自動端末間の五感共有制限を一部解除します・・・・警報。警報。・・・・』
「なんだ・・・?!まさか、ウォンバットのみんなが・・・?」
セイムは、思わず持ち上がった頭をすぐに下げた。
昨日の調査で何かがわかったのだ。
この街で、何かが起きようとしている。
セイムたちの居る小高い広場から、教会が誇るヌートリア級やモルモット級浮きシップが次々と発艦するのが見えて、街では、混乱の中大勢の人々が動き回っていた。
この広場でも、数名の騎士たちの指示に従い、ある者は不安で表情を曇らせながら、また、ある者は恐怖でわめき散らしながら避難を開始した。
『さぁ、こっちです!焦らないで!落ち着いて!』
『きゃああ!!!終わりよ!私たちの罪を神様がお裁きになるんだわっ!!』
『早く!さぁ!』
『足元に気を付けて!』
「うんッうんッ・・・・うまい!やっぱ・・・新鮮な素材に・・・ソースだ・・・ッ!」
人々が逃げ惑い混迷の色を濃くする広場で、非常事態の対応に追われる主なき屋台の一つを、一人の泥棒が占拠した。
・・・・ッパァン!
「へぶしっ!・・・・何しやがる!?」
「こんな時に何て馬鹿なことをしているんです!あなたは!」
「ただで食う飯は美味いぜ」
「・・・!!・・・ばかっ!」
セイムはすぐに自らの発言を悔いた。
どんな理由があったとしても他人を侮辱してはいけない。
ましてや、只、馬鹿などと言い放つなど以ての外だ。
あのムーンシャイン鉱山での生活で身に染みていたはずのそんな考えを彼は思い出していた。
セイムは、改めて屋台泥棒の手から盗品を奪い返し、旨そうな香りが立ち込める暖かなそれを、元の場所へと戻すと、男を正面にとらえて言った。
「お願いがあります」
~教会都市某所~
『警報。警報・・・・』
教会都市のダウンタウン、ある会員制のラウンジで、バーテンダーや機械人形が忙しなく避難の準備を整える中、プレミアの付いた熟成酒を静かに傾け、慌てふためく街の様子を宝石のような丸窓から見おろしている一人の少年がいた。
「お客様!お客様!警報が出ております!非常用の転送装置をご利用ください!」
「どうなるってんだ」
「こういった非常事態の場合は直接アーク内部へ転送されるようになっております!お客様お早く・・・」
自動端末のくせに、汗までかいて、さぞ、新しい物なんだろうな。と、少年は思った。
少年の部屋の前で暫しバーテンダーが困惑していると、その後ろの通路を何者かが通過した。
若い男女の二人組だ。
彼等は足早に開いた扉の隙間を通過し、その僅かな間に部屋の中をちらりと確認し、何かに気が付いたのかすぐに戻ってきた。
「ハヤト?・・・おまえ、ハヤトじゃないか?!」
「ハヤト・・・さん?ってチャンピオンだった?」
聞き覚えのある気がする声に、ハヤト少年は思わず煽っていた酒のグラスを停めた。
何処にでも似たような面が転がっている、そんなありふれた平凡より少し下くらいの二人だ。
「誰だっけ?」
ハヤトは、リジュクリスタルで出来たグラスを傾けて、中身を一口飲んでそう質問した。
二人の男女は、一瞬あっけにとられて、ハヤトの落ち着いた様子を目の当たりにすると安堵した。
そして、青年はふと日常に立ち戻り、少しだけ胸を張った。
「え。ああ、こいつナル。俺たち今度、結婚するんだ」
鳴り響く警報の中、優しそうな青年と困惑しきったバーテンダーを押しのけて、ナルが言った。
「あの、すごいね!わたしね!前、タリオス(様々な魔術の触媒が集まる街)にいたの!その時、君と戦ったって言う人たちからいろいろ噂聞いてるよ?とっても強かったって!」
ナルの透き通った大きな瞳には、かつてのキラキラとした美しい思い出の数々が蘇っているようだった。
「灰猫ちゃんも!あ!灰猫ちゃんって言うのは私のお友達で、たまに大会にも行くんだけど知らないよね?それでね!灰猫ちゃんが君のソードダンスとってもカッコよかったって!それで・・・良かったらなんだけど。結婚式でお願いできないかな?ううんごめんなさい!来てくれるだけでもいいの!あなたが来てくれるだけでみんなとっても喜ぶと思うのッ!」
「ハヤト。お前が良ければでいいんだ。こいつ、勝手ばかり言うけど、悪気はないんだ」
「勝手じゃないもん!お礼だってちゃんとするつもりだもん!ほら!これ!彼が作ったアーキブレイドだよ!」
ナルは一層目を輝かせて、ポケットの中から情報誌の切り抜きを閉じ込めた結晶を取り出してテーブルに置いた。
切り抜きには、美しい装飾が施された
ルーン彫刻師武器部門最優秀賞受賞作品
「ナル、いつもそんなの持ち歩いてたの?」
「うん!最高の作品には、最高の使い手が必要だよね?ね?!」
「その剣は、もう買い手が決まってるから渡す事は出来ないけど、他のでよければ好きなのを渡すよ。勿論ハヤトがいいって言ってくれるならだけど・・・」
ハヤトは、リジュクリスタルで出来たグラスを再び傾けて、切り抜きを横目でチラリと見て言った。
「これじゃダメだ」
「・・・・え?」
「見た所、ブルートとエルドリウムの合金のようだが、そもそもその二つを合わせた合金はルーン適応があまりよくない。もしこのサイズのロングソードをエンチャントして使うのなら、製錬テトロンマイトを使うべきだ。刻まれたルーンは、光の系統だな。この程度の
「ま、まぁ、実戦用の剣じゃないしな・・・」
「ちょっと!そこまで言うことないんじゃない!?すごい賞取ったんだよ!審査員さんだって彫刻のおかげで剣全体の重さのバランスが良くなってるって言ってたんだよ?!直接見てもいないのに決めつけるなんてひどいよ!」
「お、おい。ナル!いいってば!」
この時、青年は初めからなんとなく感じていた違和感が確かなものになるのを感じていた。
この少年は、確かに自分の知っているハヤトに間違いないのだが、以前会った時と異なり、どこかどんよりとした悪意のような物を周囲に纏っていた。
ハヤトがグラスの酒を一口含んで、鼻から短い息を吐いて続ける。
「その彫刻が一番の問題なんだよ。こんな刀身に開いた穴、相手からすれば完全な弱点でしかない。もし、俺の対戦相手がこんな剣を使ってたら秒で利用させてもらうね」
「穴じゃ無いもん・・・!世界樹と、知恵の象徴の鳥とお魚だよ・・・・!」
「そんなもん、何の役に立つんだ?」
「酷い・・・酷いよ。そんな言い方」
「ナル、もういいよ行こう?悪かったなハヤト図々しいこと言って。でも、本当にお前が来てくれればみんなが喜ぶと思ったんだ。最近めっきり姿を見かけなくなったって聞いてたし、お前に会いたがってる奴だって大勢いるだろうし・・・」
「おい、新しい酒を持ってこい」
「で・・・ですが、もう避難された方がよろしいかと・・・」
「早くしろ、命令だ」
「・・・はい」
「なぁ、ハヤトお前本当にどうしちゃったんだよ?ルナはどうしたんだ?いつも一緒だったじゃないか?」
「うるせえ」
「え?」
「お待たせしました。お客様、私はそろそろ・・・」
うるせえんだよ、人間。
「ドロシー・・・!やっぱり、ドロシーだ・・・・。でも、どうして?」
セイムは、停止した時の中での再会を果たして喜ぶべきなのか疑問に思いもしたが、真っ先に彼の心に沸き上がったのはやはりというべきか、安堵と喜びであった。
そして、記憶の中とちっとも変っていないドロシーのあどけない頬に指先でそっと触れようとした。
「バカッやめろ!」
そんな彼を、時止めの能力者の男が大慌てで引き留めた。
男はそれから、目を赤く光らせている小型化されたプロトンキャノン搭載型の警戒装置達を顎で指した。
「・・・すみません。つい」
「へへ、いいって。でもよセイム。こいつは・・・・」
「・・・はい、彼女は自動端末です。でも、僕にとってとても大切な人なんです」
男は、珍しく神妙な面持ちになり都市の中心から街の様子を眺めた。
「まぁ、そう言う事もあるよな。お前に協力してやりてぇが、俺様の時止めは定員オーバーだ」
「本当に、使えない能力ですね・・・ッ!」
セイムは、自身の非礼な発言につい笑ってしまいながらそう言った。
「へへ。そうだな。あてがあるのかよ?」
・・・カチ。
「いいえ、でも、丁度教会の方々と仲があまり良くない人たちを知っています。もしかしたら、手伝ってくれるかもしれません」
・・・カチ。
「そおかい、じゃ、そいつらのとこまで一緒に行くか?」
「いいんですか?」
「いいさ、旅は道ずれ世は情けってな・・・ん?まてっ!セイム!」
「・・・・え?」
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