選択

「シャロン。例の電報は?」


「『地元のファンよりクオーターバックへ、タッチダウンをもう一度、チアリーダーには特等席を用意した。』キャプテンの言いつけ通りに1週間前から毎日、朝、昼、夕、決まって3回全周波数帯へ向けて発信しました」


「よろしい」


「でも、返事らしい返事なんて、なかたですよ?キャプテン?」


「心配はいらん。奴は昔からラグナペーパーの愛読者なのだ」


「はぁ」


霧崎は、座り心地の悪いシートに座りなおし、紺碧の夜空を背景に空をかける少女二人の写真が一面を飾るラグナペーパーを片手で纏めた。


それから、艦橋全体を囲むように設置された全周囲モニターの風景を眺めた。


「しずゑ、艦の状態はどうか?」


「最終チェックに入ったエイミーの助六スケロクたちの回収はもう終わっています。いつでもいけます。キャプテン」


「よし。オービタルスキャン最大出力で起動。立体地理および構築物映像習得から5秒後にタクティカルジャンプ」


『了解』


「着地地点から半径十五キロ圏内、スキャン完了。立体映像出ます」


「全乗組員へ告ぐ、当艦はこれよりジャンプシーケンスへ移行します。カウントダウン。ファイブ・・・・」


艦橋の隅で子供たちと共に小さくなっていたミズキは、金色の目玉をぎょろぎょろさせて、全身の毛先に走る静電気を存分に楽しんでいた。

すると、その傍らでカゼハが小さな声でぼそりといった。


「どうなっちゃうんだろ?」

「3人とも危なそうだったら、すぐ離れるよ?」


フォー。


「ダメだよ!」

「どうして?」


スリー。


「だって、少しでもみんなの役に立たなきゃ・・・」

「なんで?」


トゥー。


「みんなの事好きだもん」

「ふぅん」


ワン。


「全艦タクティカルジャンプ!」



そして、超ヌートリア級バトルクルーザーウォンバットは、教会の感知範囲外からの超長距離ジャンプを成功させ、教会都市の領空内へ劇的な入場を果たした。


「ジャンプ!成功!」


「うむ、対応はどうか」


「はい、ヌートリア級1番から3番の発艦を確認。モルモット級バンガード、センチネル、およびインターセプター多数。その他、焦げ吐きとウィッチ達からなるヴァイパー部隊。徐々に展開しています。地上でゴーレムタンクがオートで出現し始めました。その後方から、機械人形とはぐれスレイブ多数、環境エレメント、枯渇しています」


シャロンの報告からしばらくして、生成された三次元地理モデルに教会が誇る防衛部隊が次々に追加され、それは瞬く間に都市を守護する壁の如く壮観に列をなした。


都市の哨戒装置はウォンバットのジャンプ時に巻き起こるエレメント変動を感知していた。

そして、僅か数秒の間に彼らはここまでの大部隊を展開せしめたのだ。

その、平和が訪れてもなお錆びぬ見事な手腕に霧崎は舌を巻いた。


「キャプテン、ヌートリアからのストロボ通信です」


「つないでくれ」


「了解」


モニターの正面が四角く切り替わり、顔に大きな傷を拵えたいかにも老練なプレイヤーの姿が映し出された。

映像の向こう側は、椅子も、壁も、天井も、床も、人も、彼らが纏っている衣服に至るまで、別の世界の創造物のように気品に満ち溢れて、どれもが優雅な輝きを放っている。


モニターの人物を横目でにらんでしずゑが言った。


「あのクソジジイ」


『こちらは、教会騎士団第一空挺師団旗艦マリーゴールドと、その艦長ヤマモトだ。貴君らは、教会のデータベースに未登録なうえに、今現在貴君らがいるのは、教会都市の領空内である。我々は人の自由と良心を何よりも尊重している。よって、いかなる場合をもってしてでも決められた対応は存在しない。今現在の状態が続くというのであれば、こちらもしかるべき方法を選択しなければならなくなるであろう。こちらはそれを望まない。もし貴君らもそうであるのなら、即刻、障壁を解除しこちらの指定するポイントへ着艦せよ』


「こちらの要求を聞いて頂くことは出来ませんかな?」


『許可しよう、聞くだけならな』


霧崎の応答を聞くと、ヤマモトの付き人と思わしき人物が画面の外から現れて、彼に耳打ちをした。


『ふん。すまないね。通信機はどうも聴き取りづらくてな。では要求を聞こう』


霧崎は、ちらりとシャロンの方を見て、彼女はすぐに呼応した。


彼女は直ちに地上に展開している別部隊とコンタクトを取り、その情報をもとに、オービタルスキャンにより生成された三次元地理モデルを更新した。


教会都市から見て両翼に展開していたヌートリア級2隻が灰色のグリッド表示に変わり、新たに透明なグリッド表示で生成された2隻は、それぞれがこちらを包囲するように前進を続けていた。


正面、左後方、右後方、三方向からの挟み撃ちだ。


勿論、全方位モニターにはその姿は映ってなどいない。


そして、その事実に対して誰も口を開き言及することをしなかった。


しかし、子供たちのそばにいた大きな白猫は、ふさふさの尻尾で彼女たちの口を念入りに封じた。


「感謝いたしますヤマモト艦長。我々の目的は、あなた方教会が企てる大量殺戮計画の阻止と不当に利用されているプレイヤーたちの解放であります。先ずは、これをご覧ください、我々がつい昨日入手した教会都市深部での映像であります」


『ああー。待て待て若いの、待ちなさいな。われわれの企てる大量?なんだって?介抱?まぁ、そう慌てるでないよ。兎に角、こういう時はまずゆっくり話し合うもんじゃ、セッティングはこちらでする。まずは、指定したポイントに船を下ろしていただこうかな?物騒なモノを振り上げるのは無しだ。おい。アズサちゃん。ちょっといいかい?』


『はい』


『いつものお店がいいね。急いで最上階を開けてもらって?うん、そうそう。君はいい娘だねぇ』


僅かなやり取りの間に、一瞬だったがモニターの映像が乱れたのを霧崎は見逃さなかった。


「艦長。我々は、交渉に来たのではありません」


霧崎はそう言うと、先日の調査で明らかになった都市深部での様子を見せるようにシャロンに指示した。

彼女は、一度頷き、ヤマモト側にのみそれが確認できる形で送信した。


その間にも、2隻のヌートリア級は着実に包囲網を狭めていた。


『ふぅむ。ううん。おお・・・・!なるほど』


「ご理解頂けたでしょうか?あなた方にとっても、また、この世界の誰にとっても無視できる内容ではないはずです。今すぐ、教会のリアクターを停止し、シャンデリア・・・大サイフォンとよんだほうがよろしいか。その、都市への入港を中止していただきたい」


『ふむ』


『こうは思わないかねお若いの。その船、見たところ何もわからん。教会が誇るディテクターたちもお手上げじゃ。という事は、装甲版全ての材質が透過不可能な元素鍛鉄げんそたんてつで出来てると推測したとして。肝心の動力だ。お前ら飛んできたの?それだけのエネルギーは教会のリアクターから歩いて10分くらいの場所に居ねぇと手に入らん。つぅこたぁだ。お前さんら、?リアクター』


「その通りでございます」


『世界に二つしかない物の一つを持ってる奴らが、もう一つを持ってる方に対して、その道具を使うのを止めろという。差し出された情報を鵜吞みにして素直に従うと思うかね?ええおい』


「残念です。ヤマモト艦長」


『血が騒ぐわい』


ヤマモト艦長が映っていた画面が消滅し、一瞬の静寂が訪れた。


「シャロン!ダストを放出しろ、ヤマモト艦長は彼らに勘付いている、情報を共有させるな」


「了解」


「全艦全速前進、主砲発射準備、目標教会都市障壁上部!当てるなよ」


「了解!」


ウォンバットは直ちに加速を開始し、その航路は教会都市へ真っ直ぐに向いていた。


都市の天候システムにより今日の天気は晴れであった。


その、抜けるような青空に浮かぶ入道雲のような巨大な浮きシップは、見上げる者らすべてに強烈な不安を抱かせた。


「そろそろか・・・」


教会が定期的に発行する『防衛設備一覧図』に記載されていた表記が馬鹿正直な物ならば、ウォンバットは敵艦の有効射程内へ踏む込むこととなる。


霧崎は、じっくりと待ち、もし相手に動きが無ければ、遠慮なく都市の障壁を主砲で打ち砕き、リアクター停止は不可能でも、大サイフォンとのドッキングを妨害するための破壊工作を行うつもりである。

都市内部へ侵入してしまえば、この艦の事を知ればなおさら、迂闊に手出しは出来ないはずだ。


艦橋にしずゑの声が凛々しく響く。


「正面ヌートリア級、輪胴砲塔に動きあり。糸くず砲!」


ヌートリア級が誇る主兵装は、超高温の光線を放射し、頑丈な施設や装甲の奥にいる目標を蒸し焼きにする摩擦式フォトール分離反転圧縮砲、通称、糸くず砲である。


熱量による攻撃は、単純が故に、軽減、分散、置換が効かず、特に1対多数戦において非常に堅実な効果を発揮するのだ。


3隻同時に照射されれば、この艦でさえ長くはもたないだろう。


3隻同時ならば。


霧崎は、姿を隠したままのヌートリア2隻が、こちらのスピードに付いて来れていないことを確認し、正面に見えている3隻を睨み付けた。


自閉状態に移行した都市の障壁を打ち破るには、十分に距離を詰める必要がある。

ウォンバットの主砲であるマグマキャノンは、環境エレメント、大気摩擦、重力、磁場の影響を強く受け、直進しない。


街にはまだ大勢のプレイヤー達も取り残されているはずだ。


間違っても、


「糸くず砲、正面から来ます!」


高温、保護バイザー越しからも眩しく見える強烈な光、そして何より、熱によって巨大な船の装甲板が軋む音。


ずっと隅の方で体を縮めていた子供たちは、いよいよ、恐ろしくなり身を寄せ合った。


入念に隠されて、今まで自分たちが知らなかっただけで、これこそが彼らの日常なのだ。


「どうだ?!」


「見た目ほど深刻なダメージ在りません!シルド隊長が頑張ってくれているみたいです!都市まで何とか持ちそうです!」


「よし、このまま主砲有効射程まで移動し障壁を破壊した後、都市内部まで侵入する!ドッキングベイを破壊し、あわよくばリアクターを停止させるぞ」


「りょ・・・・りょう、かい」


「シャロン!」


「はっ!はい!」


「やるのよ!」


「はいっ!」


その時、ウォンバットに搭乗している誰もが後ろ向きの慣性に突然引っ張られ、各々が壁やシートに押し付けられる形となった。


急激な減速だ。


同時に、正面からの砲撃が止んだ。


「ヌートリア、クロークアウト!左弦後方から追いつかれました!急襲アンカーボルトが船体に接着されています!」


この時、背後から迫っていた1隻のヌートリアは公表されているおおよその性能を遥かに越えた機動を発揮していた。


「ルールなど・・・」


「アンカーボルトを伝って・・・機械人形たちが・・・プレイヤーもいます・・ッ」


「プレイヤーたちの数は?」


「機械人形3体あたりに・・・1人の割合です」


「急速回頭、振り落とせ」


「りょう、かい」


ウォンバットの操縦はほとんどが自動化され、非常にシンプルなものに改良されていた。

機首の回頭などは、画面上の矢印を指先で引き延ばすだけである。

あらかじめ目標地点をセットしてあるのなら、巨体は指を放すと同時に、またそちらへと航路を戻す事だろう。

シャロンは、矢印に人差し指を乗せて、自分専用のモニターに映し出された敵勢力の映像に視線を落とした。

急襲用アンカーボルトの上を高速で伝って来ていたのは、拠点制圧用の機械人形と、ほぼ、生身に近い状態の若きプレイヤー達である。


「・・・ッ」


「大丈夫、あたしも一緒にやってあげるわ」


「しずゑさん・・・」


ウォンバットがその巨体で僅かに身じろぎしただけで。

シップを繋いでいたか細いケーブルは激しく暴れまわり、急襲者たちは容易く振り落とされ、地上へと呆気なく落下した。



「シャロン!」


「・・・はい!ヌートリア今度は、本艦を後方へ引っ張るつもりです」


「綱引きか、初めからそうしていればいいものを。主砲の充填状態はどうか」


「40秒で発射可能です」


おくれてやってきたもう一隻のヌートリアが右弦後方からアンカーボルトを発射してウォンバットの船体を捕らえた。

しかしながら、超ヌートリア級バトルクルーザーウォンバットの膂力りょりょく凄まじく、2隻のヌートリア級を相手に取りながらも、その巨体はじわりじわりと都市へと迫った。


正面で待ち構える残りの1隻が苦し紛れに糸くず砲を放ち、それは見事にウォンバットに直撃した。


が、時すでに遅し。


「キャプテン!主砲有効射程内ですッ!」


「よし・・・マグマキャノン!発射!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る