地底の怪物
その晩、セイムは安らかに眠るジゼルを自己中心的な行動だと知りつつも起こして、聞いてほしい事があった。
ジゼルの顔は相変らず白く、呼吸は弱弱しかった。
「どうしたんですか?セイムさん。今は朝ですかそれとも夕方?」
あのジャージー型を見てからというもの、セイムはいてもたってもいられず、明日から行われる穴掘りに備えて装備を整え、約1サイクルぶりに老練な揚水機の整備をしてこんな時間になってしまったのだった。
それでも彼は、どうしても今伝えたかった。
「セイム?」
しかしながら、当のセイムが黙っていたのでジゼルは不安そうに、そして、用がなければ寝てしまうぞと、言葉尻に優しい脅しをかけた態度でその名を呼んだ。
彼の顔はちょうど月光が斜めに刺し込む位置よりも少し上にあって、その表情は薄紫色の暗闇によって隠され沈黙を貫いていた。
ジゼルは僅かに不安を感じた。が、とりあえずは彼を許すことにして干したての匂いを未だに含んだ布団を目の下まで持ち上げた。
そうして、ジゼルが再びまどろみ始めた頃にセイムが言った。
「ジゼルさん。僕は、シャズさんを手伝おうかと思います」
彼は小さく、それでいて聞き取りやすいいつもの厳格な声でそう言うと、足音も立てずに部屋から出て行った。
ジゼルはセイムが経てる微かな振動が自分から遠ざかっていくのを見計らうと、うんと唸って大きく息を吸い、窓辺の方へ寝返りをうった。
「また、何も言わずに行ってしまうんですから・・・・。まったく。ふぅ」
ジゼルを包んだふかふかの布団は、一度やわらかく膨らんでそれから、寂しげにしぼんだ。
十分に圧力が高まった老練のボイラーは、表面にうっすらとまとわりついた粒子の細かい砂を振るい落とし、前に見た雄姿そのままに力強く水をくみ上げた。
水はボイラーのビームが傾くごとに排水部から勢いよくふき出して、すっかり肌寒くなった大気に小さな虹を作り出した。
乾いた川を這うように細々と流れていた水はすぐに大きな流れとなって加速し、増殖し、下流にあったシーポンのダムを飲み込みバラバラに粉砕した。
遠くでは、かつての友人の新たな旅立ちを告げるようにクロウラーのいななきが響いていた。
その音は、セイムにとって福音のようだった。
彼はあえてダンテ老人の元には行かずに真っ直ぐに穴を目指した。
彼にとって、物語の始まりとは偶然の出会いこそがふさわしいのだった。
「いいのか?」
穴の手前の、空のオイル缶が転がる場所でシャズがタバコを咥えて待っていた。
セイムは一緒に運んできた彼の鶴嘴を手渡した。
「これでよかったんです」
セイムはそれから爽やかな気持ちで迷いなく穴に掛けられた縄梯子を降りた。
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