明日へ

「ある、プレイヤーの話だ。聞きたいか?」

「はい」


セイムは即答した。


シャズは自分で言いだしておきながら面倒くさそうに俯くと、記憶の縄をたぐって追憶を開始した。



 ある間抜けなプレイヤーの話だ。


そいつは、このジャージー型を世界で最も早く完成させた男でもあった。男の偉業に誰もがそれを称賛し祝福した。多くの者が男の協力者で、そしてまた、男も多くの者にとって協力者だった。

そいつは、さっそくこいつに乗り込んで遥か彼方のまだ見ぬ世界へと、大勢のプレイヤーたちに見守られて旅立った。5サイクルを予定していた男の旅は順調そのものだった。


男が組み上げたこの世界初のジャージー型は、未開の大地を越え、荒ぶる海を越え、25000メートル級の山を軽々飛び越した。


そんなある日のことだ、男のジャージー型を正体不明の白い鳥が猛スピードで追い抜いた。その鳥は男の視界の隅で何回か回転しながら雲に隠れて瞬く間に姿を消した。


「・・・ドラゴンだ!」


セイムは思わずその場に居合わせていたかのように体を強張らせてシャズを見た。


シャズは得意げにせせら笑った。


「どうかな・・・?男もお前のようにドラゴンや伝説の怪鳥だと思った事だろう、だがな、山や荒野をいくつか超えた所で男の目の前に現れたのは、すっかり産業発展したプレイヤーたちの巨大都市だった。そして、その都市の上を飛んでいる白い鳥、それこそ当時の最新式のグライダーだった。・・・・有名な笑い話だ」

「・・・そんな」


セイムは男の旅の早すぎる終焉をにわかに感じ取り、酷く動揺した。


シャズは口調にあらん限りの情けを込めて続けた。


「俺たち人間が先に進もうとする力は容赦がない。そして、誰もそれを咎める事などできはしない。・・・そいつは、動力以外はもう完成していていつでも飛べる状態にしてある。メイン動力は『エレメントコア』だ」


「そうだ・・!浮きシップの動力・・・。エレメントコアって・・・。あの、ハヤト君たちが持って行ってしまった・・・」


「そうだ」


「そんな・・・じゃぁこのシップは・・・」


なおも動揺の色を濃くするセイムとは異なり、シャズの眼差しは力強く、既に明日へ向けられていた。


「なぁセイム」


「はい」


彼は壁に寄りかかり直し、組んでいた腕を片方ほどいて俯くと、観念したように喉をガラガラ鳴らして一度深いため息をつき、言動一つ一つに手振りを加えて続けた。


「ぁあ・・・子供は、放っておいても大人になる。と、いう奴も居るが。・・・俺はそうは思わない。子供には存在を認めてくれる奴、つまり・・・その、なんだ。『好きだ』と言ってくれる奴が必要だ。・・・そうだろ?」


「え・・・・?はい」


セイムは返事こそしたもののシャズが何を自分に伝えたいと思っているのかまるで分らなかった。


シャズは一度開いた口で出かけた言葉を飲み込んでから再び口を開いた。


「セイム、お前が好きだ」

「え・・・・」

「2度も言わせるな」


 何を言いだすかと思えば、セイムにとってその発言はシャズによる敗北宣言に等しく、そうさせてしまった自らの幼稚な態度とこの男の寛大な知性に心を打たれて、『大変申し訳ない事をした。』と、思うと同時にとても愉快な気持ちになった。


しかし、セイムは真っ先に心に浮かんだ疑問ただそれのみをシャズに伝えることにした。


「言う相手を、間違えていませんか?シャズさん」


「どういう意味だ」


シャズはつい先ほどのやり取りが実際には全て無かったかのように装いを戻した。


「セイム、そいつを飛ばすぞ。サイフォンで精錬途中だったコアはあのくそ餓鬼共にくれてやったから仕方がない。プランBだ」


エレメントサイフォンとは、大気中に漂うエレメントを気の遠くなるような時間をかけてゆっくりと収集し結晶化させる装置であるが、この時のセイムにとってそんな事は取るに足らない疑問の一つだった。


「僕に・・・。出来るでしょうか?」


セイムは甘えた気持ちで答えを待った。


「出来なきゃ変わりを連れてこい」


シャズは勝ち誇るようなせせら笑いを浮かべてそう答えた。

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