第2話 久しぶりの登校

 翌日。学校の制服に着替えて、久しぶりの登校だ。

 リビングには父が新聞を読んで母を待っている。母は部屋で出勤前の着替え中でリビングにはいない。いつも通りの朝の風景。

「おはよう。学校行くのか」

「うん」

「朝食は?」

「いや、時間ないしコンビニで」

「そうか」

 新聞を折りたたんで、父が快気祝いだと言って1万円を手渡す。私は驚きはしたが、父は臨時収入がある度にお小遣いをくれる人なので、顔には出さなかった。

 着換え終わった母がリビングに来て、父がバッグを持ち二人そろって玄関へ行く。私も付いて行くように玄関へいき、共に家を出た。


 車に乗って出社する両親を見送ってから、学校へ歩いて行った。徒歩で15分という割と近い立地。しかも道中でコンビニがある。言う事なしの通学路。

 時間が無いのでコンビニで朝食を済ませようと、途中で立ち寄る事にする。

 そのコンビニは個人が経営している。近くの商店街のお店から商品を仕入れているセレクトショップ・スタイルで、その日作った弁当や惣菜も置いてある。雑誌も一通りズラっと置いてあるし、最低限の日用品もある。自分にとっては大事なライフラインだ。

 聞きなれたオリジナルの入店音。レジでファッション雑誌を読んでいる店員が条件反射で声を出し、それから私に振りむく。

「いらっしゃいませー」

「おはよう」

「あ、蹴早けはやだ」

 店員は同級生の井上 布里香ふりかだった。ときどき家族が手伝っており、布里香も登校ぎりぎりまで店番している。

「もう風邪治った?」

「うん。自社製品さまさまだった」

「いいよね~蹴早はで~」

 布里香の言葉をスルーする。カゴを手に取って商品棚へ。

 日本楼蘭製薬工業。漢方薬から総合感冒薬、抗癌剤まで扱う、地元じゃ知らない人はいない優良企業。蹴早の両親はおろか、毒島の苗字を持つ人間はだいたいこの企業の関係者だ。

 私は物心ついた頃からよく「楼蘭の子」としてあれやこれやと言われてこの街で育ったから、自分を“ごく普通の人間”と自称するのに拘っているのは、これが原因。

 商品棚から朝食と昼食の食品をカゴへ入れ、さっさとレジへ。

「1万12円だすから8千4百円のお釣りだして」

「ちょっと待って、勝手に勘定しないの」

 布里香はカゴから商品を手に取って精算する。1612円。既に出した1万12円をレジに入れて、お釣りの8千4百円を渡す。

 商品をレジ袋ではなく自分のカバンに放り込んで、店を後にしようとする。

「待って。そろそろ私も行くから」

 布里香は一度店の奥に引っ込んで、それから鞄を持ちだしてからレジを出る。代わりの販売員が奥から現れたのを確認してから、二人でコンビニを出る。


 それとなく、歩調を合わせて登校する男女。最初に口を開いたのは布里香だった。

「あーあ、あと1日休めば土曜日だったのに、真面目だねぇ」

「・・・流石に4日も休むと不安になるよ。絶対授業置いてけぼり食らう」

「そんな事ないって~。・・・てかさぁ、むしろ運よかったよ蹴早。この3日間マジ最低だったし!」

「なんかあったの?」

 カバンから朝食の惣菜パンを取り出して、それをかじりながら布里香の話を聞く。

 聞くところによると、『隣のクラスにロシアから留学生が来た』、『ボクシング部が問題を起こして廃部騒動に』、『複数のバイクに乗った暴走族らしき少年らが校庭に侵入した』の、この3つ。

「その留学生ってのがさ、宝田さんのと同じ事務所でさぁ、ほらっ」

 そう言いながら布里香は自分のカバンからファッション雑誌を取り出して、表紙を指さす。ティーンエイジャー向けのファッション雑誌の表紙にキラキラと載っていた彼女は同級生の宝田さん。背が高くて、顔も良くて、声もいい。私も初めて彼女を一目見て『この人は他と違う』と印象を抱く程の美少女。去年入学して早々読者モデルの仕事を始めて、はた目から見ても多忙そうな人。

「ふーん、ていうか宝田さん今月も表紙飾ってんだ・・・」

「そうなの! 宝田さんここの所いろんな雑誌の表紙飾ってて~。しかも新しい表紙飾る度にSNSでトレンド入りして~、もうとにかくスッゴイのっ!」

 布里香の様子が有頂天になるの見て、こいつこんなミーハーな性格だっけ?と首をひねる。とにかく、宝田さんには特別な何かがあるらしい。

「それでそのロシアの留学生が、コレ」

 そう言って布里香が“新人デビューのコーナー”のページをめくって私に見せてくれる。最新のコーデで着飾って写っているのは、成長期特有のひょろなが体型の外国人女性がそうみたいだ。銀髪碧眼で顔立ちは複数の人種が交わっているのが解る。スラブとゲルマンと少数民族かまでは解らないが、良いとこ取りでしかも整っている。

 名前はクリスチーナ・ウルヤノフと本名と思われる名前で記載されている。

「この子がそう? ・・・ていうかその雑誌、店のモノでしょ? いいのそんなことして・・・」

「いいのよ、どうせうちじゃ売れ残っちゃうから」

 さらっと言ってのけるが、経営は厳しい事は容易に想像できる。数年前から大手コンビニチェーン店が繁華街と大通りに2店舗あり、多くの客はそっちへいく。個人経営で地元密着型のコンビニは分が悪いと思う。

 布里香が雑誌をカバンに戻す。

 次の話題に移そう。

 頭の中から校内の事情がスッと思い出せて、“あー”とか“えっと”などのフィラーが一切なく会話ができる。

「話変わるけど、ボクシング部って確かプロになれそうって人が3人いたよね?」

 私はどこの部にも所属していないので自分の学校の部活動について詳しくはないが、ボクシング部については少しだけ知っている。創設して初めて全国大会にでたそうで、そのうち3人はアマチュアのままにするには惜しい逸材だと聞いた。

「うん、でも問題起こしたっていうのがそのうちの1人で、その人は退学になったっぽい。詳しい事は知らないけど・・・あっ、でも残りの2人は本格的にプロになりたいって言って自主退学ってのは聞いた」

「3人も退学になったのか・・・」

 別に退学自体は珍しくない。交通の要所として栄えて人口が多いこの市内には3つの高校があり、生徒数は400近く在籍している。成績の上下に関わらず、年に一人あるかないかの確率で退学者がでる。その原因は学力か、個人の性格か、校内の環境かは判断つかないが、どうしても退学者が出てしまうものらしい。

「んで、暴走族らしき少年らが学校に来たのは、ボクシング部と関係あったり?」

「あーそれね。あると思うんだけど、生徒指導の先生らは関係ないの一点張り。そもそも問題の発端は退学になったボクシング部の人がね、“暴走族を抜けた抜けてない”で揉めてるって噂だし、それ認めたら生徒指導の面目丸つぶれだからね~・・・」

「なんで面目丸つぶれなの?」

「暴走族抜ける時に生徒指導の先生が介入したって話、聞いてない? ボクシング部の顧問って生徒指導の大川じゃん?」

「ああ、そうだったね。つまり、暴走族がらみで問題を起こしたであろうボクシング部の1人は大川先生の努力空しく退学処分、それと同時にプロに転向するため自主退学した2人と合わせて3人もの主力選手が抜けたボクシング部は廃部になった」

「そうだね。今更廃部を撤回する雰囲気じゃなさそうだし、大川先生しばらくへこんで休んでるみたいだし、踏んだり蹴ったりだね」

「でもおかしいのは、退学処分後に暴走族が学校に来たって事だよね」

「そこは私にもわかんないなぁ・・・ていうか、私ら健全な少年少女らは、学業に励むため不良少年らと関わりを持たないのが一番だって、前に言われたっしょ」

「・・・そうだね」

 これ以上駄弁っても仕方がないと思い、前を向く。

 少しして、ちらりと私を見た布里香が一言。

「あれ? なんか背、伸びてね?」

「え? そう・・・?」

「ていうか顔色は悪くないけど、かなり痩せたんじゃない?」

「だよねー。ちょっとそれが心配なんだよねぇ」

 そう返事をしながら、2つ目の惣菜パンに手を付ける。

「今はとにかくお腹が空いてるし、お小遣いにも余裕あるから、しばらくの間はそっちのコンビニで忠実なお客様でいられるよ」

「それはそれは、ありがたい話で」

 二人は赤信号で歩を止める。横断歩道の先に学校が見える。

「・・・・・・・・・」

 久しぶりの我が校。金曜日だというのに月曜日か火曜日の登校日のような気分で、青信号を待っている。

「そういや今日の数学と英語、小テストだよ。大丈夫?」

「マジか・・・」

 元の学校生活に戻るのは、少し大変そうだ。

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