第6話 ギルド登録

 ブラックコーヒーに口をつけながら、ふと先ほどの言葉を聞き返す。


「さっきギルドって言ってた?」

「あ、そうそう。ミハルの処罰は決まったんだけど、その前にギルドで冒険者登録をすることになったんだ」


 聞けば、とある国に調査に行くために、ひとまず冒険者登録だけしておく必要があるらしい。ある種のパスポートみたいなものということか。

 なにより、特例で冒険者登録できれば、スキルというものも取れる。


 登録は騎士団でもできるらしいが、貴族や王族の出入りもある場所に、あまり不穏分子を出歩かせたくないのだろう。

 というわけで、やってきた王都のギルド。

 王都というだけあって、冒険者たちの装備もどこか煌びやかというか、レベルが高そうというか。アクセルで見かけた冒険者の質素な装備とは違う。


「よぉ。ルビー! サファ! ガキなんか連れて、なにしてんだ?」

「お久しぶりです。騎士団の野暮用ですよ」

「騎士団ねぇ……お前ら、絶対騎士団ってタチじゃねェだろ。飽きたらいつでも帰って来いよ。お前らいなくなってから、ここにいる奴らもお行儀良すぎてつまらねぇんだ」

「何言ってんだよ。俺ら元からお行儀いいだろ?」

「バーサクツインズが何言ってんだ」


 なんだか物騒な呼び名が出てきたが、このふたりどうやら元々は冒険者だったらしい。しかも、あまりお上品ではないことで有名な。


「嬢ちゃんも気をつけな。こいつら、女子供にだって容赦ないぜ。嬢ちゃんの細腕なんて一瞬で捥がれるぜ」

「捥ぐわけねェ―じゃん。変なこと言ってんじゃねェよ」

「心外ですね」

「いででででっ!!」


 両肩を掴まれた冒険者が、体を捻ることもできず、悶える姿は何とも仲が良さそうだ。手の力の入れ方とか、鎧が妙な軋み音を立ててるとかは、気にしないでおこう。


「そういえば、貴族の乱闘騒ぎはどうなったんだ? やった奴、捕まってんだろ? 貴族嫌いの連中が、釈放されたら一杯奢るって話になっててな」

「さて、我々の与り知らぬ案件ですね」


 その人物に随分覚えがあるな。

 しかし、突然抱えあげられ、サファイアの腕の中に収められると、悪影響を与えそうだから。なんて適当な理由をつけて、強制的に奥に連れていかれた。


「その人が例の人ですか?」

「そ。はい。ミハル」


 受付で降ろされれば、目の前の水晶に手を触れるように言われる。言われた通り、水晶に手を触れれば、淡い光を放ち、小さな紙に投射される。


「筋力は低いですが、知力は高いようですね。魔力も平均以上ですし、あ、運も結構いいですよ。これなら、前衛職は無理ですが、後衛職なら何でも……いえ、プリーストはダメみたいですね」


 どうやら個人のステータスが見える機械らしい。元世界にもぜひ欲しい。

 この世界での平均は知らないが、男女兼用、しかも年齢も考慮すれば、筋力は仕方ない。しかし、魔力はそれなりにあるらしい。元の世界で魔法はなかったし、魔力ももちろんない。何が変換されたというのか、それとも別要因なのか。


「ミハル、教会にいたって言ってなかった? プリーストダメって……」

「それは孤児だったからで、信仰心なんてあるわけ……って、言っててどうかと思ったから、なし」


 日本人は多神教の無信教だから許してほしい。

 それにしても、職業か。

 元の世界で、ひたすらに履歴書を書いては、面接を受けていたころが懐かしい。挙句に、内定通知を受けた場所は、ブラックだと発覚したり……やめておこう。

 受付曰く、レベルを上げれば、転職も可能らしい。大抵は、最初についた職業から上級職と呼ばれるものに転職するらしい。


「ミハルちゃんなら、例えば、今はアークウィザードにはなれないけど、ウィザードでレベルを上げてから、上級職のアークウィザードに転職するみたいにね」

「なるほど……見せて見せて。あ、盗賊はいけるんだ……」


 こうしてみるとより取り見取り。スキルもそれぞれの職業になったらそれ特有になる。


「アーチャーでよくね?」

「そうですね。あの妙な武器も飛び道具の様でしたし」

「へ」


 横から現れた手は、躊躇なくアーチャーと書かれた文字に触れた。


***


「ごめんって。アーチャーやだった?」

「ウィザードがよかった」

「案外そういうの好きなんですね。魔法使いさん。には興味が無いタイプかと」

「盗賊とかもよかった」

「んじゃあ、決まったら転職のためのレベル上げ手伝ってあげるから、機嫌直して」


 だいたい人の職業を勝手に決めるってどういうことだ。

 受付の人が教えてくれたが、どうやらあの冒険者カード、他人が使うこともでき、スキルポイントの振り方もカードさえ握れば、他人でも操作可能らしい。

 つまり、せっかく貯めたポイントを他人がネタで使うなんてことも可能ということだ。だから、基本的には自分の手から離してはいけないと言われたのだが、さっそくこのふたりが持っていた。なんでも、このあと必要らしい。

 不貞腐れていれば、代わりに渡されたのはふたりの冒険者カード。こんなに気楽に渡していいものかとも思うが、アレか。不機嫌な子供に、大人がとりあえず携帯とかゲーム渡して大人しくさせる奴か。これ。

 では、容赦なく弄らせてもらおう。


 案内された場所には、厳つい男と金髪の優男系イケメンが立っていた。冒険者カードは、優男の方へ渡される。


「確かに、アーチャーで登録されています。ん? すでに討伐数が……ブラッドファング18匹に、ジャイアントトード123匹?」


 ブラッドファングは実際に関わっているし、ジャイアントトードはアクセルに多く生息している。討伐数があること自体はおかしくはない。


「少し貴方について調べさせていただきました。アクセルにあるエリス教会に、3ヶ月ほど前から厄介になっているとか。推薦状もそこのシスターからでしたね」

「その調べで妙なこと言ってないよね? シスターとか、みんなが心配するようなこととか」

「そこは安心してほしい。しかし……この数は」


 シスターたちにちょっと暴れたことがバレていないことはいいことだが、いくらなんでも数が多いか。しかし、まさか能力の実験の残骸っていうのは、印象が悪いな。うん。悪すぎる。

 それに、転生者で女神にチートをもらったから、その能力の実験をしていました。あとこの世界のモンスターがどういったものか確認していました。なんて正直に答えるのは……なしだ。


「あー……ほら、教会って寄付が無いと、まともに飯も食えないし、服もないだろ。だから、倒して、金に換えてた」

「ほぉ……子供がジャイアントトードを倒していたと。噂に聞く、あの珍妙な力でか」


 敵意に似たそれ。

 よくよく考えてみたら、あのふたりが好意的なのがおかしいだけで、普通はこういう反応なんだろう。騎士団と貴族なんて癒着も癒着だろうし。


「どこでその力、手に入れた?」

「それに答える義理はある?」

「魔王討伐に役立ち、延いてはベルゼルグ王国の発展と繋がるだろう」

「それは素晴らしい。一度死んで、なおもこの世界へ貢献したいと願う人が多ければ叶う願いでしょう」


 あからさまに眉を潜められた。

 嘘は言っていないが、一度死ななければ信じるなんて不可能だろう。


「女神様はこうもおっしゃってましたよ。若い命に限る、と」


 貴方では無理ですね。と、笑って見せれば、隣の優男が目を瞬かせていた。


「……そうか。では、貴様は使うこととしよう」


 こいつ、相当仕事できるタイプだな。

 鉄仮面の下で、歯ぎしりでもしててくれればちょっとは楽しいのに、全くその気配が感じられなくて、楽しくもない。


「貴様には、ノイズへ出向き、デストロイヤーの調査を命じる」


 随分と物騒な名前が出てきましたね。


***


 まだ幼い身でありながら、歴戦の騎士へ怯えることもしなかった少女。


「黒髪黒目か」


 時々現れては、不思議な力や武器を持ち、世界を繫栄させてきた存在とよく似た容姿と力を持った少女に、騎士団もどう扱うべきか迷っていた。

 あくまで、少女は噂に伝え聞く存在に似ているというだけで、ベルゼルグ王国の利益になる保証はない。事実、数日前に行われた貴族殺害事件を引き起こしている。

 相手は傍若無人な貴族であり、彼女自身処刑されそうになっていたことや絞首刑の刑そのものは執行されたこともあり、結果的に彼女へ同情と同調する者も多く、下手に処罰すれば反感を買いかねないことになっていた。


 この目で見て、判断する他なかった。

 彼女が危険人物か、それとも善良な人間か。


「自分は、彼女が善良な人間であると信じています」

「何故だ」

「調査へ向かった際に、彼女から教会を頼まれた元冒険者の女性から、彼女はシスターたちの気遣い無駄にしないようしばらくアクセルには戻る気はないと、教えられました。

 少なくとも、良識がない人間でも、情のない人間でもないかと」


 確かにこの男の言うことも一理ある。

 彼女の言葉に、嘘はなかった。ひそかに使用していた嘘を見抜く魔道具も、彼女の言葉に反応しなかった。


「しかし、あの笑みは……」


 悪魔に似た笑みだった。


「レイズ。あの娘からは目を離さないように」

「承知いたしました」


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