第32話 ソフィアの正体

 近づく人影。ウィンターロング、ウェーブの掛った長い髪。

 振り返った俺の目に映ったのは、雨音子咲恋の姿だった。


「やはり全てお見通しでしたか。ソフィア……この世界に行く末を見届ける者。神秘思想上の智慧の女神……終わりですね」


 ノルンが咲恋と対峙した。


「ノルン。なんども話し合った結果だったはずよ。粒斗の計画に協力するって……人間のクオリアに引かれるてるあなたは人を殺せない。私達より精神が進化した生物。戦う必要も意志も既に持ち合わせてはいない。殺意が無いものが、恐怖や哀願を湛える者を殺せるわけない。そう、それを自身のように感じる能力を持つあなた達には」


 咲恋がノルンへと視線を向けた。

「分っています。粒斗さんが世界のロールバックに必要なチェックポイントである事、そして、その時までは、何も知らない状態でいる必要がある事も」

「そう、分っているならいいわ……残念だけど」


 咲恋の手には黒い巨大なハンドガン、長い人差し指をトリガーにかけて、ノルンの額に近づける。


 まて咲恋、何をする気だ!?


「おまえ、この子を殺す気なのか?」

「人間が死ぬのとは少し違うけど。この世界からは消えるわ」

 俺はノルンをかばう為に咲恋の前に立った。


「いいんですよ粒斗さん。こうなるのは分っていました。それに、これで……ソフィアも解放されるのです」

 途中で言葉を切った艶やかな大人ノルンの唇。

「それにしても、ソフィアや私やあなたの妹……粒斗さんの周り……分らない女が多いですね」

「だから何を言っているか、わからないって!」


 ノルンに近づく咲恋の、高く結んだポニーテールが海風に横に流れる。

 ノルンのフレアワンピースも風に揺れている。

 巨大なハンドガンをノルンの黒髪へ向ける咲恋。

 ノルンの桔梗色の瞳が、咲恋を見据えていた。


「真実の世界であなたは疲れてきっていた。そして思っていたはず……もう、おしまいにしたい……と」


 急に狼狽した咲恋は、急ぎ人差し指に力を込め、銃弾を撃ち出す姿勢を取る。

 俺は両手を広げてノルンの前に立つ。


「そこをどいて粒斗」

 ブラウスの胸元に光る、小さなペンダントに触れた咲恋。


「これは粒斗の意志なのよ。とっても重要な事なの」

 ダメだ。俺は両手を広げたまま首を振る。


 俺が今まで見た事がない、冷ややかな瞳を見せる咲恋。

 俺の目を見つめる咲恋の大きな瞳から、大滴で流れ出す涙に驚いた、その時銃声が聞こえた。俺の後ろでノルンが崩れ落ちた。


「ソフィア。これで終わるのです。いえ、終わらせるのです。あなたの苦しみもね……最後のカギを開けてください」

 氷が砕けるようにノルンの姿は粉々に飛び散り、全てが咲恋に吸収された。


 俺は泣き続ける咲恋を呆然と見ていた。


 なぜ俺が多くの者を悲しませる? こんな事が許されるわけない。

 

「俺はおまえに何を頼んだ? 世界に何をしたんだ……教えてくれ。

 お願いだ咲恋!」


  俺の願いの代わりに、咲恋が束ねていた長い髪を解いた。

 

 強い海風に美しく流れた髪は、咲恋の変化を表しているように感じた。

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