第31話 ノルンの正体
「さあ、着きましたよ……粒斗さん起きて下さい」
いつの間にか俺は、助手席で眠っていたみたいだ。
運転席のドアを開けて、ノルンは形の良い両足を揃えた。
クルリと横を向いて、スーパーカー独特の広いサイドシル、側面の敷居を脚を持ち上げて乗り越え、両脚を外へと出したノルンは、素足に履くミュールを地面に降ろして立ち上がる。
優雅で美しい姿に思わず見とれていた俺。
長い髪を風で乱れないように手で押さえたノルンは、運転席のシートに掛けてあった、かぎ針編みのストールを手に取り羽織った。
「風が強いですね。粒斗さん、少し寒いです」
俺が車を降りると強く吹く風に、潮の香りが強くした。
「横浜の近くの倉庫街です。ほらコンテナが積まれているでしょ」
向こうには大きな船、外国の貨物船が見えた。
だが気になるのは横のちょっぴり大人の少女。
「粒斗さん妄想が大きすぎます。その欲望に身を任せてもいいですが……ちゃんとお話が済んでからですよ」
ニッコリと笑った大人バージョンのノルン。
ミディアムロングの毛先を軽くカールした黒髪が、海の風をはらんで放射状に広がる。
ごっくり、俺の抱く妄想をまたも察したノルンが薄い唇を開く。
「普通の高校生男子はそんなものかと……でも最近は草食系が流行っています。粒斗さんまでエロい奴はそういませんね」
「エロい奴って……で、なぜここに連れてきた?」
「待ってるのですソフィアを。この時点で完全に敵対行為です。だから彼女は来ます。大事な事ですから粒斗さん、しばらくエロ無しでお願いしますね」
「エロ無しで聞いてくださいって、頼まれた事無いが妄想は我慢する努力はしよう」
「では粒人さん内容をご理解して頂き、そして承認してください。あなたは、自分が思っているような人間ではありません」
「ふ~ん、実は天才科学者だとでも?……ありえんが夢ではよく見る」
「夢ではなくそれは事実の欠片。あなたは天才科学者で、この削られた世界を造った者です」
待てよ。それは俺の夢の中のだ。現実の妄想より手が悪い。
「そうです、問題は大きいです。残念ですよ……あなたがちゃんと記憶を持っていれば……拷問であなたから、今すぐでも方法を聞き出せた」
ノルンの切れ長の目、その瞳が冷たく光った。
「私は仲間を解放する方法を、あなたから聞き出したいです。あなたは賢く用心深く卑怯です。全ての記憶を消してしまえば、どんなに苦痛を与えても、白状など出来るわけありません。つまり無駄……あなたを拷問する者はいないわけです」
俺が何を知っているんだ……それに俺を拷問する事になんのリスクがある?
記憶を自ら封じた天才? 世界を削った? 今の俺は普通の高校生。
少しエロい事と、間が悪いのが取り柄でアドリブに弱い。
「良くご存じですね。ご自分の事を。あ、訂正します、かなりエロいですね。わたしの仲間はこの作戦には反対でした。わたしの大事な者をあなたから奪い返す事。記憶を封印したあなたからは情報はどうせ得られない。しかも、あなたがこの事も想定していたら、最低でもわたしは殺される。そして私の仲間にも危険が届く……ソフィアがその為に動く」
ノルンは車のドアを開けて、コットンのバッグを取り出した。
「わたし達は、人間のクオリアを受けて、身体を変化させ心を持ちます。人間の内観に寄生する生物……ですね」
クオリアを受け……身体を変化して心を得る生物だと?
「冗談を……あんまり真剣な瞳で言うのはやめたほうが」
確かに一瞬で年齢と身体と服装を変えて見せやノルン。
それにこの非現実的な状況にすべてが冗談とは思えない。
だからといって、宇宙人だと信じろっていうのは。
「あなたの理解はいりません。さあソフィアを呼び出すのです。最後のカギを開ける為に」
コットン生地バッグのジッパーを開けるノルン。
「おい、それ」
ノルンは小型だが鋭い、ハンティングナイフを取り出した。
「あなたを殺しますね」
なんでそうなる?
「姉妹だからです。あなたに捕らわれているは双子の妹です」
少しずつ距離を詰めてくるノルン、俺とノルンの距離は殆ど無い。
「真実の世界で、大切なもの亡くした悲しみに囚われたあなたは、妹を使って寂しを埋めた、その感情は理解出来ます……でも私の妹なんですよ」
目の前のノルンの手に握られたハンティングナイフ。
よく分らないが、ノルンの言っている事、嘘だと思えない。
そう感じるのは、やっぱり俺が何かをやらかしたからだろう。
「粒人さん記憶は無くても、内観が罪を感じると言うのですか?」
ノルンの問いに答えるように。俺は震えながらも前に一歩出た。
実際のところは分からない……でも、最近起こるおかしな事は、全て、俺が過去にやった事に原因がありそうだ。これで真実が分かれば。
どうせ俺はこの世界では大した価値を持たない。
「なあ、ノルン、実は最近、不思議なものを見るんだ。俺が天才で世界を救う話。その時決まって咲恋が出てくる。妄想だと夢だと思ったけど、俺は実際に何かやったんだな? それでノルン達に迷惑をかけたんだな?」
ノルンとは別の声が聞こえた。
「ええ、あなたはこの世界を造り出した偉大な人。でも私とノルンはあなたを恨んでいる」
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