第30話 待っていたのは

 ラブレターに書かれていた場所に着いた

 時間はギリギリセーフだった。


「あれ? また君か」

 公園で待っていた手紙の主は、不思議な中学女子。

「わたしはノルンと言います。来てくれて有り難うございます」

「この間会ったじゃないか……」


 アシンメトリーな分け目の前髪が、特徴のミディアムロング。

深緑がかった黒髪に、ロシアの少女のような、幼き美しさを持つ顔立ち。その瞳は桔梗色、濃い青紫。肌の色は白色の陶器のよう。


 相変わらず可愛いなあ。前回と同じ反応だが、確かな感想だ。

「粒斗さんは記憶力が欠乏されていると聞きましたので、覚えているかテストしてみました。一応、犬猫なみの脳力はありそうですね。また、お話を聞いて頂きたいのです」


 心地良い声で紡がれるノルンの言葉。やわらかな陽ざしとふんわりした空気に包まれながら、微笑む姿は、まるでおとぎ話に出てくるヒロインのようだ。


「それでノルン。今度は何の話があるんだ? 猫とかゾンビはなしだぞ」

「ふふ、わたしについてきてもらえますか? 車を用意してます」

 知的で輝くような女の子が車を準備。


「ねえ、ノルンって中学生なんだよね」

 少し困った表情のノルンは心配そうな顔になった。

「ええ。粒斗さんにはそう見えると思いますがだめですか。やはりもう少しロリータが入った方が」

「いえ、十分だと思います」

 ほっとしてノルンは笑った。

「良かったです。印象は大事ですからね! 獲物を釣るために」



 高速道路をどう考えてもスピード違反でかっ飛ばす、一台のスポーツカー。


「これイタリアのスーパーカーのF12……なんで運転できるの?」

 謎が一杯。運転席のノルンが答えた。

「ええ、そーーですがなにか?」


「もう一回聞くけど、中学生なんだよな? ノルンは?」

「そうです、そう見えませんか?」

 ノルンは、キャミソールに、フリルやレースをあしらったロングワンピースを重ね着。外で羽織る為の、かぎ針編みのストールをバケットシートに掛けている。

 どちらもナチュラルな色合い。かかとの低いサンダルをはき、白い素足がのぞく。中学生にしては大人っぽい私服姿のノルン。


「顔は中学生に見えるけど、今日は大人っぽい感じの服装だね、てか、車を運転してもいいの?」

 不思議そうなノルン。

「誰かに許可が必要ですか?」

「いるいる、運転免許が必要だろう?」


「これでいいですかね?」

 華奢な手でシートに掛けたストールのポケットから、取り出す運転免許証。

「どうして中学生のノルンが、こんなものを持っているの? 偽造品?」

「本物ですよ」


 まじまじとノルンから渡された免許証を見てみる。う~ん確かに本物ぽいけど……ここに書かれた生年月日からいくと、ノルンは20歳になっている。


「はい、そう造ってあります」

 心を読んだような回答。

「やっぱり偽造なのか!」

「はい、でもこの世界では本物です」

 まるで意味がわからん。


「でも、検問で止められたらすぐにばれるぞ。この写真はノルン自身らしいし、加工して20歳のお姉さんに見えるけど、実物と違いすぎる」

「証明書が単体で効力を発揮するために、写真は大人バージョンですが」

「だから! それだと、写真と実物に違いありすぎるって!」


 ノルンは運転席で右手を自分の胸、ペンダントにあてた。


「そうですか? では……これはどうでしょう?」

 シルク素材のレモン色のミニのフレアワンピースに、素足でミュールを履くノルン。さっきまの中学生のノルンは、艶やかな唇を見せる大人の女になっていた。


「ど、どうゆう仕掛け?」


 膝元よりかなり短いワンピースからは、白い素足が伸びていてえらく気になる。

 喉を鳴らす俺を見たノルン。


「車内で過大に欲情されても、今は運転中なのでお相手出来ませんよ」

「おまえも……くのいちか! 俺の考えが読めるのか」

「その突っ込みは分りませんが。でも確かに、粒斗さんの単純な行動と思考なら読めますね。わたしの脳力を使わずとも。もうすぐ目的地に着きます。もしご要望があれば、粒斗さんの欲望を我が身に受ける事も可能ですよ」


 ええ! 本当!?……まて、こんな正体不明な女の子に欲情している場合では。


 さっきまでと違い、いい香りがする大人のノルンにクラクラする。緩い胸元には、小さなねこのブローチがついていた。ブローチ前に見た事があるような。


「ノルンは何者?」

「お忘れみたいですね。昔は捕まえようとしてたんですよ。わたしを粒斗さんが」

「中学生を拉致したら犯罪だ」

「わたしは、その範疇には入らないでしょう」


 切れ長の視線。顔立ちは中学女子ノルンを残している。


「範疇に入らない? ノルンは大人だという意味か?」

「いえ、普通の女子中学生を普段はしています。生物的に違う感じです。時々今のように少し年齢を変えたりします。クオリアが感じた場合は。おや? また疑問符が頭に表れてますね。わたし達にとってクオリアは実在するものですが、見せろと言われれば、それを証明する手立てはありません。わたしの身体中を探しても、どこがクオリアを感じているかは、見つけられませんね。もう~~すぐにエロい妄想に入るとは聞いていましたが、噂以上ですね」


 これがクオリアなのか、俺のスケベ心は完璧に通じていた。


「運転の邪魔にならないなら、少しくらいは大丈夫ですよ」

「なんでもお見通しか……え? どういうこと?」

「少しくらいわたしに触れてもいいですよ。胸とか素足とか好きなんですよね。さっきからチラチラ見てますし。それで粒斗さんの気持ちが落ち着くなら、お好きな部分をお触りください。運転中なので優しくお願いします」


「ちょっと待った! なんでそんなにサービス満点なんだ?」

「そうですね、こんな夜更けに、正体不明の女の子と一緒に、赤いスーパーカーで高速道路を走るなんて、非現実的な経験に付き合ってくれている。その事への感謝ですね」


 たしかに非現実だな……サイドウィンドウを流れていく、幻のような綺麗な光景だった。だが俺の意識はすぐに、窓の内ガラスに映った、ノルンのミニのフレアワンピース、その短い裾からスラリと伸びた脚に注目していた。


 ノルンの美脚を鑑賞しながら、おそるおそる手を伸ばしてみる。我ながら、こんなおかしな状況でも、男の子全開なのは凄いと思う。


「あと、私はあなたの妹、優紀とはごく親しい者です」


 俺の指先が、ノルンの太股に接触寸前。ノルンの言葉に、俺の手がピッタリと止まった。

「ノルンは優紀の知り合いなのか? 優紀の友達の太股を撫でたら……俺は妹に殺される!」

「そうです? 優紀はそんな事しませんよ。いや、したくないと言った方が正しいですね。詳しくはソフィアが教えましたか?」


 ソフィア……前にノルンが口にした名前。どうやらかなりの力を持ち、このおかしな状況について詳しく知っているようだ。


「色々知りたいようですね。でもソフィアについての情報はハッキリ言えないです。敵対行動と取られますので。でも既にソフィアはわたしを、敵と見なしているようですね……」

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