第22話 俺の深夜の行動を断言

 制服の襟からのぞく、ボタンをひとつ多めに外してリボンのネクタイで包む薄桃色の胸元。そこにはシルバーの小さなペンダントが揺れていた。


 俺の顔をのぞき込む、幼なじみの咲恋の顔。

 平凡な高校生の次空粒斗が住む家、その居間の長椅子の上。

「どうやら俺は寝ちゃったみたいだな」

 咲恋は首を左右に振り、眠気を飛ばす俺を見て微かに笑った。

「疲れていたみたいね。最近寝てないのでしょう?」

「うん、そうだ。全部、くのいち連合のせいだ。あと、なぜか夢を見るんだ」


 カーテンが揺れて気持ちの良い風が部屋に入ってくる。

 咲恋の香りが伝わってくる。

 心地よさから自然に目が閉じ、咲恋へと自分の感覚を任せる。いつもの俺ならエロい妄想にかられ、ミニスカートの奥や、豊かな胸元に気が惹かれる。なぜか目を開かないまま、しばし時を過す。


(すごいチャンスなのに、咲恋がこんなに側にいるのに)


 どうしたんだ俺。いつもの妄想はどうなった?

 おかしいだろう? なんでこんなにも、心が落ち着くんだ?


「何か思い出した?」

 咲恋の言葉に目を開け夢を話した。

「俺は天才で教授だった……でもそれは昔の事じゃなくて、いまさっき夢で見た事だ」

「そう……」


 咲恋が悲しそうな顔をする。

「どうした? 完全に俺の夢だぞ。大体、俺が教授ってあり得ないだろう?」

「そうね……あり得ないわね」

 悲しげに微笑んだ咲恋。

 いつもなら、大笑いするところなのに。

「どうしたんだ咲恋……なぜ寂しそうな顔をする?」

「今いるあなたがわたしを見てくれても、触れられないから」

「そんな事は無いよ……ほら」


 俺は手を伸ばして、咲恋の細い髪に触れようとした。

「やめて」

 咲恋は俺の手から逃れるように立ち上がった。

 俺はその時に理解した。なぜ咲恋に妄想を感じなかったか。


 俺の手は、窓から吹く心地良い風のように、咲恋の心地良い触感を感じる……はずだった。咲恋の髪に微かに触れたのに、感触は伝わって来ない。

 そしてある感情だけが、触感を得ずに伝わってきた。


 それは……咲恋の寂しさだった。


 咲恋に触れた感覚が無い? それに咲恋の心が俺に伝わってくる? そんな事あるわけがない。たんに俺が寝ぼけているだけだ。

 咲恋が与える不確実な感覚に俺は戸惑った。


 玄関のチャイムが鳴った。時間を見ると焦った。


「もうすぐ五時だ……まずい!」

 母親が帰ってくる時間だった。

 妹は部活のバトミントンがあるから六時頃。仕事へ行っている親父は八時前には帰ってこない。


「咲恋、とりあえずこっち!」

 二階の俺の部屋に咲恋を誘導する。

 部屋に咲恋を押し込み、再び一階に下りて、居間の椅子に座り玄関の様子を探る。


「ふーどうやら、家の者が帰ったわけじゃないようだな。宅配かな? あ、まずい!」

 俺は二階へ駆け足で昇る。

 俺の部屋には、最高機密ファイルや俺の愛蔵書がある。

 緊急事態だったので、咲恋を部屋に入れてしまったが、非常にやばい。

 息を切らしながら、咲恋を隠した自分の部屋に入る。


「おい、変なものを見つけていないだろうな?」

 俺の部屋は静寂に包まれていた。

「あれ? 咲恋がいない?いったいどこへ?」

 コトリ、隣の部屋から音が聞こえた。

「まさか……妹の部屋へ行ったのか?」

 妹の部屋の扉がほんの少しだけ開いていた。

 扉の隙間から、ほんの少しだけ見える部屋の中で人影が見えた。

 扉を開けて中に入ると、咲恋はそこにいた。


「普通じゃないけど、仕方ないのかもしれない」

 咲恋の言葉に戸惑う。

「仕方ないって……どういう意味なんだ」

「だって、粒斗だってエロいサイト見たり、動画を徹夜でダウンロードしたりするでしょう?」

「俺の深夜の行動を断言すんな!」


「断言したらおかしい? わたしの予想は間違っているかな?」

「いえ大当たりですが……で? 俺の行動が優紀と同じだというのは? どういう意味なんだ?」

「粒斗が仮に天才学者で、わたしに素敵な人だと思われているとするね」

「俺が素敵な人だと?」


「たとえ話だからね。勘違いしないように」

「ちぇ、素早く否定ですか!?」

「バカ……粒斗は素敵よ」

「え! マジで?」

「でも残酷な人」


「まて、そこで出る言葉は、駄目な奴とかだろう?」

「いいえ、粒斗は素敵だけど残酷で狡いわ」

「それは俺の認識と違うぞ」

「そう、そんな感じなのよ」


「なんだか分らん。でも前に誰かにも言われた気がする」

「粒斗が思っている、自分のキャラクターと、他人が期待するそれは結構違うって事よ」

「つまり、本来の優紀は、俺が思っているものと違うって事か?」


「人は皆、自分の内なるものなんか、さらけ出したりしない」

「そんなもんかな?」

「優紀ちゃんの事……やっぱり気になる?」

「ああ、一応兄貴だしな」


 あいつ良い子を演じているからな。ストレスが溜まって、裏のブラックな優紀が出てきているなら、ちょっと心配だ。

 咲恋が聞き直した。

「統合失調症とか? 躁鬱病とか?」

「呼び名の違いは分からないが、良い子の妹と裏のブラックな妹が存在したら問題だろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る