第21話 夢で見た現実

 彼女は軍の収容所の奥、厳重なセキュリティの中にいた。


 何重もの扉とチェックを抜け、僕は彼女の前に立つ。

 倚子に座った彼女。その瞳は大きく開かれ、部屋に入ってきた僕に一切の感情も見せない。だが安心はできない。人間ではない彼女が持つ力。


 誰もが彼女に逢うと、魅了され、そして絶望を抱く。

 僕もその一人だった。


 向かえ合わせの倚子に座って、しばらく動かない彼女見つめていた。

 彼女の姿に喜びを抱き始めている。その後に訪れる悲しみを予期しながら。

 彼女が僕の存在を認識した。


「検査・調査」という名の拷問により、彼女は精神を完全に閉ざしていた。

 ただ、彼女が人に与える力は、止める事は出来ない。

 それは人が呼吸するように、自然で必然な事だったから。


 その結果、彼女はここに閉じ込められ、長い時間ひどい生活を強いられている。それは人間性を欠く、とても認められるものではない。


 彼女は兵士でも、政治犯でもテロリストでもない、人間ですらない彼女に、人権など与えられる筈はない。

 彼女の能力が発現したらしい。僕の心は喜びを得るが、それはすぐに失った悲しみへと移りゆく。


「……泣いているの……粒斗」

 今日、初めて発した彼女の言葉だった。

 僕は涙を拭う事もせずに、彼女を見続けた。

 彼女のぽっかりと開いていた瞳に憂いが浮んだ。


「なぜ人間は、あたしの姿を見て、喜びや悲しみや怒りを感じるの? あたしの姿は、あなたにどう見えるの?」

「天才の次空粒斗……僕が泣くなんて、知り合いが見たら驚くね。本人すらびっくりするくらいだから」


 論理性を優先する僕が、一つだけ悔やむ事。世界を変えるジーニアスがどうにもならなかった事。


「僕は君を見ると、大事な人を思い出すんだ。二度と会えない人をね。その人にまた会えた事を喜びに、僕の心は歓喜で満たされる。そして目の前の大事な人に近づくんだ。そして君は……僕が知っている者とは、別なものだと気がつく。大切な人との別れ……それを再び味わった絶望に、人は怒りを覚える。それしか自分の心を整理する方法がないから。そして、亡くした者を救えなかった、無力な自分を思い出す」


 彼女は少し驚いた表情を見せた。


「そんな事を話すのはあなたが初めて。そしてそれが真実だと分かるよ」

「君達は、人間の内観を感じ取ることが出来るからね。それが一番の問題だ……だが僕にはその力が必要だ。さっき軍に約束したパワーシステムなど比較にならないブラック粒子とパワーの解明にね」


「あなたは本当の事を言っている。でも半分は嘘。あたしの事を思いやっている……心が分かる事はダメな事?」

「ああ、ダメだ。確かに人は、他人に自分の心の内を伝えたいとは思っている。だが、人類は内面の全てをさらけ出すほど大人では無い」


「粒斗……あなたは、あたしに好意を持ってくれている。それを隠そうとしない。でも他の人は自分の内観を探られないかと、心配してまったく違う自分を見せようとする。そんなの無駄だし苦しむだけでしょう」


「君達から見たら人類は幼い種なんだ」


 彼女は僕の内観を感じて、これから起こる事を感じた。

「ここから助け出すのね、わたしを。力の解明が済んだら処分する気かな」


 宇宙の謎を探るには人類より高度で、なにより世界観をまったく別にもつ生物との完全コンタクトが必要だった。


 僕の前にいる生物は、宇宙船が故障して墜落、捕獲された唯一の存在。


 宇宙船は人の考える常識を超えており、動力源を持たない、そしてワープ航法を実現させたものだった。

 機体すら固い物質で覆われているわけではなく、それでも人類の科学では理解できない強度と快適性を持っていた。


 この宇宙船を造った者は、ブラックマター、ブラックパワーと人類が呼んでいる、我々には認識できない、宇宙の膨大なエネルギーを使用したものだと僕は思っていた。

 

 未知の力に魅かれる、そしてその理論は僕以外が知ってはならない。


「嘘つき。粒斗、あたしね、初めてあなたがここに来たとき、感じたの」

「何を感じた? 僕の馬鹿げた計画か?」

「ううん、違うわ。あなたを見て、ピピンと感じた」

「ピピン? 君も人間に毒されたかな。擬音を使うなんて」

「そうね、あたし達は不明瞭な会話はしない。内観を感じるのだから、曖昧な表現は必要ない。だから、この感じはあたし達には無かった感情ね」


 僕は彼女が見せた反応に少し驚いていた。

 狼狽する僕を見ながら、彼女は言った。


「たぶん、これが一目惚れね……あたしあなたが好き。次空粒斗が大好き。だから、あなたの為にあたしを使っていいの。そして粒斗の邪魔になったら消してもいいの」


 言葉を語る、僕の目の前の者は、亡くした愛しい人の姿で言葉をつづる。

 彼女は、人間の内観を察して、その姿を変える種だった。

 僕は後悔と愛しさの強さから、姿を変え現れた次空優紀を見つめていた。


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