第12話 何時何分何十秒

 まったく俺の意見など通りそうもない。諦めてため息をつく。

「分りました!今日の夜までには完成させます」

 妹とは勝負にならない。とにかく仕上げよう。

「夜って何時? 何分? 何秒?」

 追い打ちをかける妹に再び挑戦を試みる。


「おまえは小学生か! あのな、予定を秒まで決められるわけないだろう?」

「そんな事言うなら、ミリ秒まで決める!」

 もう完全にお手上げ状態。

「分りました……七時くらいには完成させます」

「く・ら・い?」

「グリニッジ天文台時間で、7時ジャストにお渡します」

「しょうがないわね。それまで宿題しているから」


 俺の恭順の態度に納得した優紀は、部屋の扉へ歩き出した。ホッとする俺に振り返った妹は、真剣な顔で告げた。


「いい? 遊んでないでちゃんと作業を進めなさいよ。時々チェックに入るからね。サボっていたら……殺すわよ」

 バタン、部屋から出て行く時も、アメリカンヒーローのようにさっそうと出て行く妹。


「俺の大事な動画、お宝がこのPCに入っているから、ゆっくりファイルを確認したかったのに」

 新PCにデータは移行したとはいえ、いきなり旧PCの全データを消すのはリスクが高い。ウッカリモノの俺は大事なデータは移行せず、どうでもよいデータを大事に保存していたりするトホホな奴。そこで考えたクリーンアップの方法。


 妹へ渡す旧PCに、データへアクセスへのセキュリティロックをかける。そして妹のユーザーでは、見えないディスク領域を確保し、そこに、俺の全てのデータをまとめて移動する。そして自分のユーザーIDを、いかにもシステムぽい名前に変更。権利はAdministratorにして、後で妹のPCをこの部屋から旧PCで操作が出来るようにする。


「これで良し。さてお待ちかねの優紀に渡すか」


 PCを廊下に出す。

 トントン、妹の部屋をノックする。

「だあれ?」

「俺だ」

「俺って名前の人は心当たりがありません」

「あのな……」

「知らない人を部屋に入れちゃいけない、と言われています」

「誰にだよ!」

「知らない人にはお答え出来ません」

「めんどくさ……次空粒斗、十六歳です」

「その名前にも心当たりはないけど?」

「あ・の・な」


「暗号をどうぞ!」

「え~と、オープンーセサミ!」

「開けゴマか……センスなさすぎね」

「ほっとけ!」

「ブブ、NGワードでした。もう二回失敗すると、今日は鍵の解除が出来ません」

「銀行の暗証番号かよ!」


「それくらい、この扉の鍵は重要です!」

「鍵なんて掛かっていないだろ?」

 妹は「良い子」なので家族には隠し事などない……そう見せている。だから扉に鍵は付けていない。

「やくたたずには、見えない鍵です」

「……おまえのPCを持ってきたんだけど。このまま帰っていいか?」

 ガチャリ、妹の部屋の扉が開いた。


「最初からそう言ってよ!」

 部屋着の妹はキャミソールに、アンダーはパイル地のミニのパンツ姿。

 羽織っている大きめのパーカーには、小さなねこのブローチが付いている。

「説明する暇は、会話の流れになかったぞ!」

「だって、変態兄が可愛い妹の部屋を覗き込むかと思うと……」

「まて! 確かに俺はエロいの大好きだ出し、結構マニアックな方面だと思うが、実の妹に欲情したりはしねえ!」

「ふ~ん、そうなの。まあいいわ」

「おい、その、どうなの? 疑うのはやめろ!」

「うるさいわね。早くそれ持って中に入ってよ」


 この間、廊下で妹と論争する事十分間。やっと妹の部屋にPCを運び込めた。

「ほらこれ、おまえが欲しがっていたPCだ」

「それで時間は?」

「は? なにの時間?」

「約束の七時……五分過ぎているけど」

「あのな、おまえが廊下で俺に、十分間も押し問答させるからだろ!」

「はあ~そうやって、すぐに言い訳する……だめね。まったく」

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