第5話 虚無の中のリアル
「まったく嫌になるくらいのいい天気だな……ここからならいつでも……世界を一つに出来そうだ」
前の座席の背もたれに手をかけて、窓から外を見ると後方から声が聞こえた。
「博士は青空が嫌いなのですか? それと気流が安定していませんので……あっ! おさわりはダメです」
CAを務める彼女に手を伸ばせば注意が僕を制する。
全てが僕の所有物であるこの飛行機の中で唯一、思い通りにならない声の持ち主を引き寄せる。
「え!? 危ないですよ……もう!」
僕の席、窓際まで引き寄せられた彼女の不満は無視して、僕は自分の内観を口にする。
「ほら見てみてごらん雲の上の景色を見事なほどに何も無い。ただ青い空域だけが広がる。でも、この景色を綺麗だと思わない人はいない。何も無い世界それが最後の希望かもしれない」
「果たしてそうかしら?」
横で僕を見つめる陶器のように白く、整った顔が小さく疑問を呟いた。
僕は彼女が微かに見せた内観に向けて念を押した。
「そうだ、それも美しさは一瞬だけ、美しいのはいつもひととき、いつ消えるか分からない。だからより美しいと感じる」
僕の自家用ジェット機が乱気流で揺れた。
「きゃぁ!」僕にしがみついた彼女もまた内観を僕に伝える。
「何も無い世界ってこの青空が? そんな事は無いわ。何かが存在する。今世紀最高のジーニアスの粒斗には見えなかった? でも機体は揺れ空気とその流れが確かに存在した事を教えているの」
彼女は僕の手を払いのけ一歩僕から離れた。
そして髪を整え再び乗務員の内観をとり戻す。
「粒斗様。乱気流が発生しております。どうかお座りになり、ベルトの着用を強くお勧めします!」
ステディな彼女から、飛行機の乗務員に変わる…。その姿を見た僕は呟く。
「君は一人なのに、その時々で別の印象を受ける」
「仕事と私生活はちゃんと分けたいの……いけない?」
彼女は昨日一緒に過ごしたベッドの中で見せた姿を、チョッピリだけど垣間見せる。
「いいや。今の中途半端な姿も君だな」
グワーン、またも大きく機体が揺れた。
「仕方ないな」僕は渋々座席のベルトを着用すると、ほっとした様子を見せた彼女が口を開く。
「乱気流のエアポケットで急降下、天井に頭をトマトのように潰されたら、あなたの価値が無くなるからね」
「ふん、僕の価値はここだけか?」
僕は自分の頭を指さしてから外を見る。
「それでいいわ。手放しで次空粒斗、あなたを褒める事は出来ない。私の心と世界が定める価値観はまったく別のものだから」
モデルのような完璧な笑顔を作り、彼女が後方の席に戻りかける。
「まるで君に憎まれているようだな。世間では天才と呼ばれても、君には駄々をこねまわすガキと君は見ている。それが僕の内面の感想」
彼女は迷っているいるようだ。
「どうかなぁ……ちょっと違うかもね。少しフィロソフィアすると、内観によって知られうる現象的側面を個々の質で感覚として感じているの」
僕は苦笑い。
「それは昨日、僕が君に教えた事だ……おい、話はまだ終わってないぞ」
話を続けようとする僕に構わず、彼女は後ろの乗務員席に座った。
シートベルトを引きだして、しっかりロックする。
「次空粒斗教授。わたしの子守はあと数分で終わりです。当機はまもなく着陸します」
高度を落し始めた飛行機。彼女の指さす先に広大な砂漠が広がる。
砂漠の中、ポツンと人工的な施設が見えた。
「あれが僕の妹が捕らえられている施設か・・・」
「あなたの妹?…そう、あなたにはアレがそう感じられるの」
雨音子咲恋(あまねこ・さくら)は一瞬悲しそうな表情を見せた。
(揺れているな……砂漠だから気流が悪いのか?うまく着陸出来ればいいな)
「起きろー! バカ粒斗―!」
俺を揺さぶる力。
(バカだと? 俺は世界一のジーニアスな奴だぞ!)
ガバッと起き上がった俺を覗き込む女。
「優紀……なんだまた夢か」
呆れた妹はさっき起こしたばかりなのに、また夢を見ていた俺をきつい目で見る。
「粒斗の部屋なんか入りたくも無いのにさ……ドアを開けたら『僕の頭脳が……内観が』とか意味わからん。まあ、妄想も寝ぼけるのも、あんたの勝手だけどね。早く起きていかないとお母さんカンカンだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます