第4話 多恵の開花

 ゆり子は、それから頻繁に田村宅を訪れ、多恵から快楽の手ほどきを受けた。それは今までの望との営みでは想像出来ない快楽で、ゆり子の行いは、世間から見れば変質者かもしれないが、多恵のテクニックに酔いしれている自身を、忘れるなんて出来ないと思った。

ある時、多恵の快楽の海で十分に感じることができたゆり子は、

「多恵さんって、ホントに凄いわ。奥様としての慎ましさは保ちながら、愛の行為が素敵なの。ねっ、今までどんな風に生きてたのかしら。教えて頂きたいの」

「私は普通の女よ。ただ主人と会えて、眠っていた快楽が花開いたのかな」

「ご主人って、達夫さん?」

「そう。ーー主人と出会う前から話すわ。その方が達夫の事も理解しやすいと思うの」

「ええ」

「私が初めてしたのは、高3の夏休みだった」

 そう言い、多恵はハーブティーをひと口飲み、

「相手は、1つ年上の高校の先輩。高校時代ずっと憧れてたの。彼は都会の大学に進み、夏休みで地元に帰って来てた。その時、何回か会って彼にあげた。彼を愛していたから嬉しかった。ただ、痛かったのよ」

「あら、残念ね。彼も初めてで、しょうがなかったのかも」

「思わず、痛い!って、彼をひっ叩いてしまったの」

「あら、まあ」

 ゆり子は、ちょっと笑いハーブティーをひと口含んだ。

「それきり彼とは会ってない。私、男女の関係って痛いものだと思ってしまったの。私は中学生の頃から自分でする事もしてて、その方がずっと気持ち良かった。だから自分で快楽を味わえば十分に思えた」

「そうなんですね」

「ゆり子さんは、いつ頃から自分で楽しむ事を覚えたのかしら」

「私も中学生の頃から」

「そっか。皆んなそれくらいかな。ーー私は高校を卒業して地元の会社の事務員になった。その会社に定期的にくる営業の人が素敵で、デートするようになり、やがてその先に進んだの」

「それで、今度は気持ち良くなれたのかしら」

「それがね」 

 多恵は、ハーブティーを飲み干し少し笑いながら、

「その営業マンは、しっかり考えてくれて、私は準備はできた」

「感じることが出来たのね」

「ええ。けどあっという間にすんだの」

「それはちょっと、ねえ」

 ゆり子は、軽く笑いながらハーブティーをひと口飲んだ。

「彼とは何回かトライした。けど、毎回すぐに終わった」

「残念ね」

「彼は、頑張り過ぎたのかも。上手くやろうとして努力が空回りするタイプ。私は不満げな顔を隠さなかったせいか、そのうち自然消滅。やがて彼は、姿を見せなくなった」

「仕方ないです」

「それからしばらく、私は自分でするだけで満足していたの。男なんか面倒臭くて、自分でした方が楽で、感じることが出来ると思った。そんなある日、高校時代の女友達から合コンに誘われたの。そこで達夫さんに出会ったのよ」

「いよいよですね」

 ゆり子は微笑し、多恵は、ええ、と受けて、

「達夫さんは、物腰が柔らかく、女性のエスコートも上手で、仲間たちから注目されたの。何故か私と話が合って、個人的な関係になるのに時間はかからなかった」

「ええ」

「やがて達夫さんと初めて行ったの。彼は、とても上手でしまいには私からお願いしたくらい」

「多恵さんは、初めて感じることが出来たのね」

「そうなの。それから私達は会う度に愛して、私は達夫さんのテクニックの虜になってしまったの。2人とも結婚の意思があり、やがて私が真剣に結婚を意識し始めた頃、達夫さんの秘密を知ったのよ」

「なんですか、秘密って」   

 ゆり子は、大きな目で多恵を見つめる。

「達夫さんは、私と付き合いながらも、他に3人の女性と深い関係を続けていたの。私は、彼と別れようと思ったわ。でも3人の彼女達は既婚者や二十歳前の子で、真剣に愛して結婚をしたいのは私だけと、達夫さんは言ってくれた。しかし私は、そんなふしだらな男はごめんだと思い、別れる気持ちに変わりはなかったの。けど、彼との関係を絶ち数日してくると、私の体が達夫さんを求めて、火照ってくるのよ。私、必死に自分で慰めようとした。他の男性と関係を持ったりもした。だけど達夫さんを忘れるなんて出来なかったの」

「そんなにご主人は、凄いんですか」

 ゆり子は、穏やかな笑顔の達夫を思い浮かべ、この達人とは結び付けようがなかった。また、多恵をここまで虜にしたテクニックとは、どんなだろうと思った。

「私は、本能に従い達夫さんに連絡を入れたの。そこからまた彼とのお付き合いが始まったのよ」

「ご主人は、他の女性と別れたんですか」

「それなんだけど」

 多恵は、低く笑って、

「達夫さんは、今まで通り他の女性達とも関係を続ける。ただし共に家庭を築くのは私一人だけ。そういう条件で私達は結婚し、20年になるかな」   

 そう言う多恵の表情は屈託がなく、夫が他の女性と関係を持つのを承知して結婚に踏み切った、彼女の心の底には何があるのか、ゆり子は理解に苦しみながら、無言で多恵を見つめた。

「でね、ゆり子さんに提案があるのよ」

「なんですか提案って」

「驚かないでね。ーーゆり子さん、達夫さんと愛してみないかしら」

「ーー」

 ゆり子は、どんな思いで、こんなありえない提案をするのか、全く多恵の真意を図りかね、言葉が出ない。

「ねえ、どうかしら。私が教えられる快楽は、全てあなたに体験して頂いた気がするの。これ以上の快楽は、達夫さんとじゃなきゃ味わえないと思うのよ。いかが」

「ーー」

「驚かせてごめんなさい。だけど、ゆり子さんはさらに深みを求めているように見えたの」

「失礼します!」

 ゆり子は、この人、自分の夫と大人の関係をしろなんて正気じないと、ガタンと音をたて立ち上がって、小走りに自宅に戻った。

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