第3話  快楽は目覚めて

 ゆり子は、カーテンの隙間から見えた人物を、田村夫妻のどちらかに違いないと強く思うようになったが、確かめに行く口実が思い浮かばず、ついには実家からリンゴが大量に送られてきて、おすそ分けに来たという事にしようと決めた。そのためにわざわざ高価なリンゴを買い、田村宅に行く事にした。  

 リンゴを手土産に田村宅に行ったとして、ストレートに自身のあんな姿を見たかと聞けるはずもなく、でも、確かめなければずっと気になるのだろうと、ゆり子は、とにかく自分を見た時の田村夫妻の表情で判断しようと思った。

 リンゴを持って行くと夫の達夫は不在で、妻の多恵は喜んでくれ、庭作りの話やこの街の事などを話しをし、表面上はゆり子も和やかに会話の相手をして、醜態を見られたかもという不安は、取り越し苦労だったのだろうと結論を出し、そろそろ帰ろうかと腰を上げようとすると、

「ゆり子さん、差し出がましいけど、ご主人とは夜の方はいかが」

 多恵は、わざとゆり子を見ずに小さくハッキリと言った。

「ーー」

 一瞬、ゆり子は多恵の言う事が理解できず、多恵を刺すように見る。

「ごめんなさいね。私、この前見てしまったのよ。ゆり子さんが、ーー」 

 ゆり子は、恥ずかしさという爆弾が、頭と顔中で爆発したような衝撃を受けた。

「あの人影は、多恵さんだったのね。ーー私、私、あの時。ーーなんて言えば良いの。お願い、誰にも言わないで」

「もちろん誰にも言わないわ。ただ、女だって男だって生きている以上は、性の快楽を求めるのは当然だと思うの。全く恥ずかしい事じゃない」

 多恵は、正面からゆり子を見据えて、

「ゆり子さんは、ご主人との営みに不満だから、一人で遊んでいるんでしょ。私、あなたを見てると昔の自分を見ているように思えてくるの。だからゆり子さんをもっと大きな気持ちよさへ誘ってあげたいの」

「私はそんなーー。ただちょっと気持ち良くなりたいだけで」

「大丈夫、緊張しないで。私に任せて」

 穏やかな言葉に、ゆり子はあんな姿を見られ半ばヤケ気味になっていたせいもあり、多恵に身を任せる事にした。、

 多恵の細く白い指がゆり子の体を優しく撫でる。するとゆり子は今まで知らなかった心地よ差を感じた。

 それが済むと多恵は笑顔でゆり子を見送った。

 ゆり子は、自宅に戻ると多恵とのやり取りが、現実世界とは違う次元であったように思えてきた。着替えをして、しかし確かにあれは現実だったと苦笑いを浮かべ、多恵とは何者なのだろうと感じるのであった。

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