第3話 さよなら、メッセンジャー

-メッセンジャー 世界各地の手紙を届ける彼らは出自不明の孤児から選ばれることが多い。メッセンジャーの正体も派遣元である会社"WFS"も謎に包まれていており、メッセンジャーを知る人もそれほど多くはない。そんな中、リルという少年は特別なのだろう。彼が唯一、時空を越えることができるからだ。


そんなリルにある一通の手紙が届く。本日はそんなお話である。


いつものようにメッセンジャーとして郵便ポストの手紙を集めていたリル。その中の一通の手紙に目が止まる。送り主の名前は不明だったが、その手紙の宛先は『リル』となっていた。


リルは自分宛の手紙なんて見たこともなかったため、「えっ」と小さく声をこぼしてしまう。


自分宛の手紙だし、この場で開封して中を見てしまおうか悩んでいたリルだったが、この手紙から感じる不安な気持ちが拭いきれない。


散々悩んだ挙句、リルは手紙を開封することに決めた。


手紙の封が切られ、中の文章を読むリル。

リルは呆気に取られたような喜びを隠せないような微妙な表情をしていた。


郵便ポストの前で立ち往生していたリルを見かけ、アルドは声をかけてみた。


アルド「リル!久しぶりだな。元気にしてたか?」

声をかけられたリルは少しビクっと身体を震わせた。少し大袈裟じゃないか?とアルドは思う。


リル「あ、あ、あ、アルドさん!ここ、これ!」

リルが手に持っていた手紙をアルドの方へ差し出す。アルドは差し出された手紙を手に取り、読んでいいのか?とリルに確認する。


リルは早く見て欲しいと言わんばかりに首を縦に振っていた。


アルド「どれどれ、ん?これって...」

アルドも驚きを隠せない。


手紙の送り主はリルの父からであった。

リルは以前、孤児院の出身で、本当の家族の顔は知らないと言っていた。しかし、この手紙の差出人は自身のことを『リルの父』とはっきりと書いてあった。肝心の手紙の内容だが、リルとぜひ会いたいということであった。


リル「ど、どうしましょう...」

完全に焦った様子のリル。


アルド「どうするも何もリル自身が決めなくちゃいけないだろ?」


リル「そ、そうですよね。イタズラとかじゃないでしょうね...」


もちろんその線はあるだろうが、リルはメッセンジャーだし、名前が知れ渡っていたとしてもおかしくはない。ただ、イタズラにしてはタチが悪いし、何故リルを狙うのかも分からない。


アルド「リルの言う通りイタズラかもしれないけど本当の父親かもしれないだろ?会ってみるだけ会ってみてもいいんじゃないかな」


リル「そうですね。アルドさんの言うことも一理あります!えーと、場所は... 最果ての島?」


最果ての島はAD1100年、未来世界の数ある浮遊大陸の一つである。エルジオンがある中央大陸と比べると小さな小島程度の面積しかなく、住民もかなり少ない。リルの父はそこを待ち合わせの場所として選んでいた。


アルド「最果ての島か... また辺鄙な場所を待ち合わせ場所に選んだな」


手紙の差出人の意図はまだ分からない。必ずしもリルに対して好意的とも限らないし、何より目的が不明だ。何故今になって会おうと言い始めたのかもアルドには分からなかった。


アルド「とりあえず、最果ての島に行ってみるか」

リル「はい!今ゲートを開きますね」


そう言うとリルは手持ちのペンダント型の時計の竜頭を回しセッティングする。

目の前に現れた時空の穴にすかさず飛び込むアルドとリル。


穴の先からは波の音が聞こえてきた。どうやら、最果ての島の海岸に出たらしい。


リル「最果ての島、いつ来ても綺麗ですねえ」

さて、お父さんはどこだろうとリルが辺りをキョロキョロ見回している。



最果ての島の海岸沿いに一人の男が立っているのが分かる。男はフードを被っており、顔がよく見えないがフードの隙間から長い銀色の髪が垂れていた。


リルは男の側に駆け寄り尋ねた。


リル「あの!ボクのお父さんですか?」

フードの男「... そうだよ。リル。君のお父さんだ」

男の口元が不敵に嗤う。


アルドと顔を見合わせようとしたリル。リルが後方のアルドに振り返った途端、リルの父を名乗る男から凶刃がリルに振り下ろされようとしていた。


咄嗟にそれを止めるアルド。リルは何が起こったのか分からないといった困惑した様子だった。


アルド「何故リルを狙う。あんた何者だ」


アルドの問いにフードをとる男。男は銀色の長髪が特徴的な外見をしており、その両手にはカードが握られていた。男の耳には耳全体を覆い隠すような耳飾りがされている、また耳飾りのせいかその耳は異様に大きいようにも思えた。男は辺り一面にカードを投げ捨て、両手から離れたカードがくるくると男の周囲を回り始めた。

その中から彼は一枚抜き取り、「不運だな」と呟いた。


???「俺の名前はジャスパー。奇襲に失敗するとは今日の俺は運勢が悪い」

独り言を呟くようにジャスパーはアルド達に語りかける。


ジャスパー「その少年... リルだっけ?彼が持っているペンダント型の時計。それをもらいに来たんだ」


アルド「何だって!?」


リル「それはダメです!これはボクの仕事道具です!これがないとメッセンジャーの仕事ができません。どこの誰だか存じませんがこれは渡せません」


ふぅん、とジャスパーは不敵に嗤う。

ジャスパー「そうか...なら、仕方ない。力づくで奪い取らせてもらうとしよう」


周囲にジャスパーの手から離れたカードが飛び交い、ジャスパーが戦闘態勢に入る。


周囲を飛び交うカードを一枚取った。

ジャスパー「さぁ、運試しだ。何がでるかな?」


突如周囲の空間全体に斬撃が走る。


アルド「これは...」


『煌斬陣』が展開されていた。『煌斬陣』の中では斬属性攻撃が有利となり、他の属性攻撃の威力は落ちる。しかし、剣を使うアルドにとって悪くはない状況ではあった。


ジャスパーはとてもじゃないが斬属性攻撃をするようには見えないが...何故わざわざ不利なゾーンを展開したのだろうか?


『煌斬陣』にて強化されたアルドの剣がジャスパーに襲い掛かる。ジャスパーはかろうじてそれを避けていた。『煌斬陣』の展開は明らかにジャスパーのミスと言えるだろう。このまま押し切れると思ったアルドはジャスパーに再び斬りかかった。


その時、ジャスパーが詠唱を唱える。魔法?でも『煌斬陣』の中では魔法は悪手だろう。そのまま斬りかかるアルド。


ジャスパー「アポーズリュンヌ」

唱えられた魔法は斬攻撃であった。まんまと罠にハマっていたアルドはその攻撃をもろに受けてしまい、その場に倒れてしまう。


ジャスパー「さらにダメ押しだ」


ジャスパーがカードを引く。

突如、周囲に光のマナが飛び交う。


『幻魔陣』展開。魔法攻撃を乱射するジャスパー。多種多様なゾーンを一人で展開できること自体珍しいことなのだが、この男が本当に厄介なところは各ゾーンに対応することができる手数の多さだ。


ジャスパー自身、何のゾーンを展開するか決めることはできない。ゾーンの種類は彼のカードの導きのままに決まってしまうからである。


ジャスパーが使える属性はおよそ6種類に及ぶ。火、水、風、土の四大属性はもちろんのこと、斬、突属性攻撃も放つことができる。

もしもアルドとは真逆の属性『水天陣』が展開されればひとたまりもないだろう。


最初に受けてしまった攻撃の影響が大きく、まともに動くことができないアルド。


そんなアルドを見ながら、ジャスパーがこう呟く。


ジャスパー「今日の俺は運がいい」


周囲に雨が降りはじめた。『水天陣』展開の合図である。


もうダメかもしれない、アルドがそう思った時、


???「諦めるにはまだ早いでござろう!アルド」


聞き覚えのある声が聞こえた。声の主はアルドに迫る水魔法を払い除け、アルドを守るように矢面に立つ。


サイラス「危ないところでござったな」

アルド「サイラス!? 何でここに!?」


サイラス「リル殿が時空の穴を開き、拙者を迎えに来てくれたのでござるよ」


サイラス「水天陣... この中では拙者は水を得た蛙でござるよ」

軽快な動きをするサイラスがジャスパーに近づき、斬りつけた。


ジャスパー「くっ...」


浅い!サイラスの刀は確かにジャスパーに届いたが致命傷には至らない。


サイラス「立つでござるアルド!ここからが正念場でござる」


ジャスパーが身に纏うオーラが次第に大きくなっていくのをサイラスは肌で感じていた。


『地裂陣』展開。サイラスにとってはかなり不利な状況となった。このままではアルドの二の舞になってしまうだろう。


またしても絶望的な状況になってしまったが、当のジャスパーは悶え苦しんでいた。


アルド「ど、どうしたんだ。アイツ」

得意気な顔をしてサイラスがアルドの方を見る。


サイラス「拙者の仕込み刀でござるよ。刃の先端に少量の毒を塗り込んだのでござる。やれやれ、効いてよかったでござるな」


ジャスパーは『地裂陣』を維持できなくなったのか『地裂陣』は砕け散ってしまう。


サイラスは悶え苦しむジャスパーに刀を向け、こう告げた。


サイラス「さぁ、話すでござるよ。お主が何者か。そして何故リル殿を狙ったのかを」


ジャスパー「狙いはさっきも言ったが、そこのリルとかいうガキが持っているペンダント型の時計だ。俺らの組織はそういう不思議な力が篭っているものを集めているんだ」


アルド「じゃあ、リルに父親からの手紙を送ったのはアンタが?」


ジャスパーは頷く。


ジャスパー「あぁ、そのガキからペンダント型の時計を奪うために俺が仕組んだ罠だ」


なんてタチの悪い手紙をリルに送ったんだこの男は。リルに家族がいないと知っての所業だろうか。だとしたらこの男は許せない。


アルド「アンタ達の組織って?アンタみたいなのがまだ大勢いるのか?」


ジャスパーはクックックッと嗤う。

ジャスパー「いるよ。化け物みたいなヤツらが大勢な。俺なんてまだヤツらに比べたら可愛いもんさ」


ジャスパー「しかし...こんな手に引っかかるなんて思わなかったな。少なくともあのリルとかいうガキには通用しないとは思っていたが、ノコノコと現れやがった」


ジャスパーは何の話をしているのだろう?リルが父親に会いに来ないとでも思っていたのであろうか。


アルド「どういう意味だ?」


ジャスパー「何だお前ら。あのガキと一緒にいたのに知らないのか?こりゃあ傑作だな」

クックックッとジャスパーが嗤う。


ジャスパー「ッ!?」

ジャスパーの方にサイラスの刀が刺さっていた。


サイラス「下卑た笑いもそこまでにするでござる。お主は何を知っている?全て喋ってもらおう」


ジャスパー「あのガキはメッセンジャーだろ?メッセンジャーってのはな。未来のエルジオンが生み出した流通システムの一環なんだよ」


アルド「システム...?」


ジャスパー「その流通システムはな。配達人を不要とし、物を届けるサービスを開始した。それがメッセンジャーだ」


ジャスパーが何を言っているのか分からない。配達人を不要とする流通サービス?ではリルは?リル達メッセンジャーは何だと言うのだろうか。


そのまま思ったことをジャスパーに問うアルド。

アルド「じゃあリルは!?メッセンジャー達は何だと言うんだ」


ジャスパー「あれはな。精巧にできたアンドロイド達だよ。傑作だよなぁ?アンドロイドに父親なんているわけないじゃねえか?」


ジャスパーの下品な笑い声が周囲を響かせる。


サイラス「もうお主は黙っていろでござる」

デリカシーの欠片もない発言に激昂したサイラスがジャスパーを峰打ちで気絶させた。


アルドとサイラスは振り向き、リルの方を見る。

リルは今にも崩れ落ちそうな、そんな様子であった。


リル「ボクが...アンドロイド...?」


アルド「リル...大丈夫か?」

サイラス「リル殿!気を確かに持つでござる!」


リル「ふふ...ボクみたいなヤツが家族に憧れるなんて本当に滑稽な話ですよね」


リル「どおりで小さい頃や両親の記憶がないはずですね... 」


サイラス「リル殿...」


リル「すみません。アルドさん。ここまでついてきてもらったのにこんな結果になってしまって。サイラスさんもごめんなさい」


アルド「いや、リルが謝ることじゃないさ。それより大丈夫か?リル。辛かったら俺らに頼ってくれていいんだぞ」


リル「少し... 少し一人で考えさせてください」


アルドとサイラスはリルから少し離れたところで彼を見守っていた。


サイラス「当然ショックでござる。自分がつい先程まで人間と思っていたのでござろう?立ち直ることができればよいが...」


アルド「リルは強い子だ。きっと立ち直れるさ。でも今はそっとしておう」



突如、時空の穴が開く音に気づくアルドとサイラス。どうやらリルがペンダント型の竜頭時計で時空の穴を開いたようだ。時空の穴に飛び込むリル、アルド達が飛び込む間もなく時空の穴は閉じてしまった。


おそらくリルは自暴自棄になり、時空の穴を開いてしまったんだろう。


アルド「しまった!このままじゃリルがどこへ行ったのか分からない」


サイラス「よからぬ事を考えてなければ良いが...」


アルド「とりあえず手当たり次第探すしかない!行くぞサイラス!」


サイラス「応ッ!でござる!」


時空の穴へ逃げ込んでしまったリル。彼の行方は...


   第三話 『さよなら、メッセンジャー』 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る