第2話 優しきゴーストライター
-BC2万年、パルシファル宮殿。古代特有の建築美が垣間見えるこの宮殿では老若男女、さまざまな人々が滞在している。そんな宮殿に似つかわしくない大剣を佩いた剣士が歩いていた。名はアルド。旅の剣士である。
彼は先日、手紙をくれたラチェットに会うためにパルシファル宮殿に訪れていた。ラチェットがいつもいるのはパルシファル宮殿の食堂である。アルドはいつものように食堂へと向かう。
その道中、見覚えのある白髪の少年がアルドの横を走り抜けた。
アルド「あれ?今のって...」
???「お届け物でーす」
聞き覚えのある元気な少年の声が宮殿内を響かせた。
声がした方へ近づいてみるアルド。やはり見覚えのある後ろ姿がそこにはあった。それは以前アルドに手紙を届けてくれたメッセンジャーのリルだった。アルドはリルに声をかけてみることとした。
アルド「やっぱり!リルじゃないか!」
リルが振り向き、アルドを見て驚く。
リル「え!? あ!アルドさん!お久しぶりです!」
アルド「メッセンジャーの仕事、頑張っているみたいだな」
いえいえ、とリルは照れていた。
リル「相変わらず頑張っていますよ!アルドさんこそ、お変わりないようで何よりです!」
リル「ところで... 今日は何の用です?まさかまた尾行ですか?」
どうやら以前無断で尾行されていたことをリルは気にしているようだ。
アルド「いや、今日はラチェットに会いにきたんだ。以前、リルから貰った手紙の差出人のな」
あっ!と思い出した様子のリル。
リル「そういえばラチェットさんはこの時代の人でしたねぇ。あの時の手紙には何が書かれてたんですか?」
アルド「あぁ、あの手紙は、前からラチェットに依頼していた薬草が手に入ったって話だったよ。だから今日はソレを分けてもらいにきたんだ」
リル「へえ!そうなんですね!そういえば...アルドさんって何をしている方なんですか?」
アルド「うーん。今は旅をしているかな。ちょっととある目的でな」
アルドの発言に興味津々の様子のリル。
リル「よければ今度はアルドさんの旅に同行してもいいですか?」
驚いた様子のアルド。
アルド「もちろんいいぞ!でも... リルは自分の仕事はいいのか?」
首を縦に振るリル。
リル「今日はパルシファル宮殿の女性にこの手紙を届けたら終わりなんです!なので、アルドさんの旅にも同行できます!」
アルド「そっか、じゃあ先に仕事を終わらせるほうがいいな。その女性を探すのを手伝うよ」
パルシファル宮殿にて、リルが手紙を渡す相手の女性を探すアルドとリル。
「あ、あの人だ」とリルが廊下の前方をこちらに背を向けて歩く女性を見て指差す。
リル「お届けものでーす」
女性「あ、リルくん。いつもありがとう。手紙ここで開けさせてもらうね... なになに」
リルから受け取った手紙をその場で開封し、読み始めてしまう女性。いつもであれば、「忙しいのでこれで」とその場を立ち去ってしまうリルであったが、この時ばかりは神妙な顔をして、女性の様子を伺っていた。
女性「もう、お父さんったら!体調を崩してるみたいじゃない!だからあれほど野菜もちゃんと食べてって言ってるのに...」
ブツブツと彼女の父への文句を独り言で呟く女性。あっ、とこちらに気づきリルに改めてお礼を言ってきた。
女性「ごめんなさい、見苦しいとこを見せたわね。手紙ありがとうね。リルくん。またお願いするわ」
リル「はい!お待ちしております」
女性が行った後、肩の力が抜けてその場に座りこんでしまったリル。
アルド「え!?おい!リル!?どうしたんだ?大丈夫か?」
リル「さ、流石のボクも緊張しました..実は...」
リルから事情を聞くアルド。どうやら先程の女性は訳アリらしい。
アルド「え!?ゴーストライター!?」
リル「ええ、そうです。実は彼女の父の代わりに今はボクが手紙を書いています」
リルの話をまとめるとこういうことらしい。彼女の父はとある日に時空の穴落ちてしまい、この時代に戻れなくなってしまったらしい。ちなみに彼女の父の行き着いた先はAD300年リンデの町である。
彼女は父親との二人暮らしであったため、最初はかなり落ち込んでいたそうだ。しかし、メッセンジャーの存在を知り、リルに依頼してきた彼女は遥か未来にいる父との文通に成功していた。
アルド「へえ、ロマンチックというか良い話だな」
リル「そうなんですよ。口ではああ言ってますけど、彼女は本当にお父さんのことが大好きだったみたいで」
アルド「それが何でリルがゴーストライターとして代筆していることになってるんだ?」
リルは言いづらそうに顔を伏せ、「実は」と切り出した。
リル「実は、彼女のお父さん。もう亡くなっているんです」
アルド「えっ!?」
衝撃の事実に驚きを隠すことができないアルド。
そんなアルドを見ながらリルがぽつりぽつり語る。
リル「ボクがいつもの様に彼女のお父さんに手紙を届けに行ったときでした。いつも元気よく返事してドアを開けてくれる彼女のお父さんから返事もなかったので、不審に思ったボクはドアを開けてみました。そこには彼女のお父さんが倒れていて既に事切れていました」
アルド「そんな...」
リル「机には娘への手紙が綴られていて、ふと、思ってしまったんです。この手紙が届かなければ彼女はどうなってしまうんだろう。また、彼女の父がいなくなってしまった時のように塞ぎ込んでしまうのではないか」
リル「気づいたらボクが筆を握っていました。幸い、彼女の父親の途中まで綴られていた手紙もあったし、過去に何度か彼女から手紙を見せていただいたこともあったので父親のフリをするのはそこまで難しくはありませんでした」
アルド「...リルは優しいんだな」
リルは首を横に振る。
リル「いえ... 残酷です。彼女を騙しているんですから... こんなことも長くは続かないでしょう」
リル「文字にはその人の性格や癖が表れています。いくら似せていると言っても彼女が気づくのも時間の問題でしょう」
それでも、それでもリルがした事は間違ってないとアルドは思う。
アルド「それでもリルは彼女のことを心配して手紙を書いたんだろ?そこに嘘偽りはないはずだ。リルがついた嘘は見方によっては残酷な嘘かもしれない。でも俺は優しい嘘だと思うよ。彼女の父親だってきっとそう思ってるはずさ」
リル「そうでしょうか... それなら嬉しいんですけど」
アルド「だから彼女にバレる時が来たとしても正直に話そう。きっと許してくれるさ」
リル「ありがとうございます。アルドさん。ボクもう少しだけ頑張ってみます」
リルに笑顔が戻る。
「じゃ、ラチェットの元へ行こうか」と言ってアルドとリルは再び歩き始めた。
キャーッ、と突如パルシファル宮殿内を劈く悲鳴が響き渡った。悲鳴の方向へ走るアルドとリル。
悲鳴の先には城の警備用ゴーレムがいた。
ゴーレムはあきらかに異常な動きをしており、周辺の柱を殴り、破壊していた。
そんな騒動の中、一人の女性が腰が抜けたのか座りこんで逃げ遅れていた。
リルはそんな彼女を見て「アルドさん!アレ!」と叫ぶ。
アルドの視線の先には件の手紙の女性が小刻みに震えしゃがみこんでいた。
アルド「危ないッ!」
ゴーレムの鉄槌が今まさに彼女を襲おうとしていた。間に合わないッ!アルドがそう思った時、リルが走り込んで彼女へ飛び込む。
間一髪、リルもろとも飛ばされた彼女はゴーレムの鉄槌を回避することができた。
女性「リルくん!」
リル「アルドさん!後は頼みます!」
アルド「あぁ!後は任せろ!」
ゴーレムの前に立ち塞がり、剣を構えるアルド。
暴走したゴーレムはアルドめがけてその剛腕を振り下ろす。アルドはそれを容易くいなし、ゴーレムを斬りつけた。
ゴーレムの恐ろしさは無尽蔵の体力、その剛腕から生み出される膂力だけではない。その鉄壁の防御力に真の恐ろしさがある。
アルドの斬撃はまるでゴーレムには効いていないようだった。
アルド「くっ!どうすれば良いんだ」
???「諦めるには早いでござるよ。アルド」
颯爽と現れたのはカエル... ではなく、アルドの旅の仲間サイラスだった。
アルド「サイラス!?どうしてここに!?」
サイラス「パルシファル宮殿の危機とあらば拙者はどこからでも駆けつけるでござるよ。詳しい話は後でござる。まずはコイツを片付けなければ」
アルド「あぁ!そうだな!いくぞ、サイラス」
サイラス「応ッ!!でござる」
アルドとサイラスの合わせ技がゴーレムを斬りつけた。その斬撃の軌跡はエックスの文字を描き、ゴーレムの装甲を破壊した。
ゴーレムの目の光が消え、その動きが停止したのを確認したアルドとサイラスは言葉を交わす。
アルド「助かったよ、サイラス」
サイラス「礼には及ばんでござるよ。今度飯でも奢ってもらえれば良いでござる」
アルド「めちゃくちゃお礼を期待してるじゃないか... でも、ありがとうサイラス」
サイラス「して、アルドはパルシファル宮殿で何をしているのでござろう。そちらの御仁とお嬢さんは...」
リルと女性の方を見るサイラス。
アルド「あぁ、彼はリル、メッセンジャーと呼ばれる配達屋をやってて、彼女はそのお客さんだよ。彼女がゴーレムに襲われているところを俺とリルで助けに入ったんだ」
サイラス「なんと!アルドのご友人であったか!拙者、サイラスと申す。よろしくでごさる!」
リル「あ、助けて頂いてありがとうございました。サイラスさん。凄い格好ですね...」
どうやらリルはサイラスのカエルの姿を変装か何かだと思っているらしい。
サイラスにお礼を言うリルの手提げ鞄から一枚の手紙が落ちた。リルは気づいておらず、リルの後方にいた女性がその手紙を拾い、リルに渡そうとする。
女性は手紙を見るつもりはなかったけれど、ふと宛名に目が入ってしまう。自分宛だ。
何故リルくんはこの手紙を渡してくれなかったのだろう。リルに黙って手紙を開封し、読む女性。
手紙の開封音に何事かと振り返るリル。そこには自分が彼女の父を演じて綴った書きかけの手紙を読んでいる彼女がいた。
思わず慌ててしまうリル。
リル「いや、あの、それは、この...」
思った以上に動揺しているのか慌てて弁明の言葉が浮かばないリル。
そんなとき、女性の口からポツリと言葉が溢れる。
女性「...ってたの」
リル「え?」
女性「本当は知ってたの。この手紙を書いていたのがお父さんじゃないってこと」
アルド「...そうだったのか」
女性「妙に筆圧が変わってたり、喋り方がおかしい時があったから違う人なのかなって思ってたの。
真相が知りたくてリルくんの跡をつけていったことがあって、その時リルくん。一生懸命手紙を書いていたからもしかしてって...」
女性「本当はリルくんがお父さんのフリをして手紙を書いていたの?」
リル「...はい。その通りです。ボクがアナタの父を演じて手紙を書いていました」
アルド「...ちょ、ちょっと待ってくれ!リルはあんたのことを心配して...」
女性「分かってます」
女性の意外な一言にきょとんとするリルとアルド。
女性「リルくんがただ悪戯に手紙を書いていないこと。私を心配して書いていたんでしょう?」
リル「お姉さん...」
女性「ありがとうリルくん。私は十分元気をもらったわ。もう大丈夫よ。だから手紙はもういいの」
リル「すみません...! ボク...!ボク...!」
思わず泣き出しそうなリル。彼女を騙していた罪悪感と責任の重さを今まで思っていた以上に感じていたのだろう。
女性「もしよかったらお父さんの最期聞かせてくれる」
事の真相を話すリル。
リル「アナタのお父さんは最期に娘に伝えてくれとも言っていました。元気で生きてくれと」
あれ?先程、リルから聞いた話と食い違っている気がする。彼女の父はリルが来た時には既に事切れていたのではなかっただろうか。
それが優しいゴーストライターが吐いた優しい嘘なのか真実なのかはアルドには分からない。
そんな彼をアルドはそっと見守る事とした。
女性とサイラスと別れ、リルと二人きりになるアルド。
リル「アルドさん。ボクの行動は本当に正しかったのでしょうか」
アルドに問うリル。
アルド「それは人によって考え方が違うかもしれないけど、俺は結果的にもこれでよかったんだと思うよ」
リル「そうですかね..」
一呼吸置いてリルが語り始める。
リル「実はボク... 家族に憧れてるんです。物心ついたときには孤児院にいたから...おおよそ家族というものを知らないんです」
アルド「そうだったのか...」
リル「でも、さっきのお姉さんを見ていると本当に家族っていいなぁって思います。ボクにもいつかお互いを思いやれる家族ができるといいなぁ」
アルド「リルならできるよ。きっと」
さっきまでのリルは少し落ち込んでいるように見えた。でも今はもう心配いらないようだ。
リル「アルドさん!ボク、メッセンジャーの仕事頑張ります。さっきのお姉さんみたいな人に笑顔を届けれるように!」
アルド「あぁ!そうだな!」
さてと、とアルドは歩き始める。
アルド「それじゃ、遅くなっちゃったけどラチェットのとこに行こうか」
リル「はい!」
アルドの後ろをトコトコとついていくリル。彼のメッセンジャーとしての仕事はまだまだ続くのであった。
第二話 「優しいゴーストライター」 完
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