第2話
「いつまで続ける気なのさ」
「こっちの身にもなっておくれよ。お前さんのとばっちりを受けるのは勘弁だ」
「……けッ」
数日ぶりに懲罰房から戻った少年に投げかけられた言葉には、心配の二文字など欠片も含まれてはいなかった。言葉と同じくらい冷たい視線を四つの瞳から向けられながら、少年は気にも留めず自分のベッドへと潜り込む。適当な木箱にボロ布を被せただけの寝床ではあるが、数日間水のなかで暮らしていた彼にとってはこれ以上もないほどに心地よい場所である。
「おい、聞いているのかよ」
「九十九番もさァ」
「番号で鬼を呼ぶな」
「仕方ないだろう。名前なんて上等なものは持ってないんだから」
「お前さんもいい加減諦めろ。おいら達は一生ここでこうやって暮らして、そんで死んでいくんだよ」
四畳半ほどの小さな部屋で三人が一緒に暮らす。
地下世界で暮らす彼らにとってはスタンダードな光景であった。生まれてからしばらくの間は大部屋で育てられ、物心がついた頃には三人部屋に移されて、そこから一生を過ごす。適齢期に入れば、あてがえられた相手と子を成し、そして、年を取って死んでいく。
九十九番と呼ばれる少年も、そして彼に非難を言い続ける二人の少年たちも自身の親を知らない。間違いなく、労働場に居る大人たちの誰かではあるが、それを知ろうとしない。知っても、意味のなさないことであると教育され続けているから。
「納得いかねェ、どうしてオレがこんなところであいつらのために働き続ける必要があるってんだ」
「それはおいら達の祖先が」
「おォォ……! むかしの話だろうが! ンなことオレには関係ねェ!!」
「関係ないと言っても。じゃあ、どこでどうやって生きていく気だよ」
「外の世界においら達が出て行けるものか。行けたとして、誰も認めちゃくれねェ」
「頼むから諦めて大人しくなれよ。これ以上目を付けられたらおいら達まで処分されちまう」
「少なくともここに居れば生きられるんだ。飯だって食える。何も問題はねェ」
「生きてねえんだよ!! それのどこが生きているって言えるんだ!」
どれだけ少年が叫ぼうと、二人の反応は冷たいままだった。
彼らだけのことではない。この地下に暮らす全ての鬼が、少年の言葉に耳を貸すことはなく、呆れるか、異物を見るように蔑むか、巻き込まれることを恐れて距離を取る。
少年だけが、自分の命を考える。生きることを考える。それ故に、異端として扱われていく。彼自身、どうして自分だけが他と違うのかと悩んだこともあった。悩んだ結果、考えてしまうものは仕方がないとその悩みを斬り捨てた。それが二年前のことであり、そこから彼は叫び、暴れ、そして罰せられ続けている。
普段は稀に鬼同士で喧嘩をした際ぐらいでしか使用されない懲罰房が、二年前から忙しく使われている。それだけ、彼は抵抗を続けていることを意味している。
軍服たちも、どうしてこれほど制御不能な少年が処分されないのか気にしていたことを、当然ながら少年も考えたことはあったものの、処分されたいわけではないため、それについても悩むことを斬り捨てている。
良くも悪くも、少年は深く物事を考えることが苦手であった。
「もっと、もっとあるだろ! 生きるってのは!」
それ以上に、考えを誰かに伝えることが苦手であった。
「ねえよ」
「そんなことより同部屋のおいら達のことを」
「うるさいぞ! いったい何時だと思っているんだ!!」
「ひッ」
「すいません!」
怒声が、分厚い扉を蹴り飛ばす音と一緒に部屋を支配する。
途端に布を頭まで被って情けない声を出す二人に、少年は何を言いたいのか忘れてしまい、なおも外から叫ばれる怒声に悪態をついてから、布を被る。
疲れていた身体は正直で、すぐさま少年の意識は刈り取られた。
それから一週間ほどの時間が経過した。
少年は考えることが苦手であっても決して愚かではない。闇雲に暴れるだけで物事が解決するとは思ってはおらず、そして、自分だけで軍服たちを倒すことが出来るとも思っていなかった。
だからこそ、時を見ては暴れて仲間の鬼を反応を伺い、そして実戦という名の訓練を重ねていたのだ。だが、仲間の反応が芳しい結果に繋がったことは一度としてなく、懲罰房に入れられる度に自分一人の無力さを実感することとなり、この地からの脱出の難しさを味わうだけであった。
今日も少年は一人でツルハシを振るう。
暴れるごとに少年の周りからは鬼が消えていく。彼らからしてもいつ暴れ出すか分からない彼のとばっちりを受けることは勘弁したかったのだ。
地下世界から外に繋がる出口は、たった一か所しかない。
そこを抑えられている以上鬼たちが出て行くこともなく、また、あり得ないことだが全ての鬼が団結したとして狭い通路では数を頼りにした行軍も出来ないのだ。
代わり映えのない一日。
代わり映えのない行動。
代わり映えのない意識。
死んでしまいそうになる心を少年はなんとか奮い立たせながら、これも修行の一環だと信じて大人用の重いツルハシを振るう。
代わり映えのない世界に、唯一変化があったのは、前日に振った大雨であった。
――ガキン
「あ?」
山崩れをも乱発するほど降り注いだ大雨が地下へと浸透し、地下水脈を溢れさせる。普段よりも弱まってしまった岩盤の裂け目を、まさしく竜の逆鱗とでも言うべきその一点をたまたま。
少年が打ち砕いてしまった。
「何、だァァア!?」
その日。
地下世界で起こった大規模な崩落事故で、一人の鬼の少年が消えた。この一件は、のちに死亡と処理されることとなる。
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