雪隠村殺人事件【三】

「……なぁ」


 皆で机を囲んで最初に声を上げたのは、佐々木先輩だった。


「これからどうするよ。俺は嫌だぜ、このまま警察が来てくれるのを待つのは。……いや、来すらしねえかもな。連絡はついたとはいえ、外は吹雪だ。村への道だってきっと雪で埋まってる。そんな状態で警察が来てくれるわけがねえ」

「で、でも連絡はもう――」

「電話が通じたって止められるやつが来なきゃ意味ねえだろうが!!」


 がん、と机が蹴り上げられる。

 俺の隣で、夏奈がびくりと震えるのがわかった。見れば、奥崎さんと小萱さんも怯えて縮こまっている。冷静にしているのは、さっきから何かを考え込んだように微動だにしない帆村先生。それと、俺だけだ。


「……っ、人が……人が死んでるんですよ! 怒ってる場合じゃ!」

「わかってんだよ、そんな事は! 俺だって怖えさ! なんとか様の祟りだかなんだか知らねえけどさ! 俺だって死にたかねえんだよ!」

「じゃあ、冷静に……冷静に落ち着けばいいじゃないですか!」

「落ち着いたら人死には止まんのか!? 残念だけどな、俺ァそうは思わねえな!」


 駄目だ。俺が何を言っても通じない。

 あぁ、気持ちはわかる。こういう極限状態だ。人は落ち着いてなんていられない。正直、俺だって落ち着いているわけじゃない。

 また、佐々木先輩が荒々しく机を蹴る。その目線は既に俺の方を外れ、帆村先生の方を向いているようだ。


「そこの探偵さんはどうなんだよ。こんな状況になっても何も動きゃしねえ。仕事をしろよ仕事を。それとも何だよ。その肩書きは嘘っぱちか? あぁ?」

「……………………」

「おい、なんとか言えよ。考えてるだけで仕事してるつもりになれてりゃそりゃ楽だろうよ。でもな、今はそんな場合じゃねえんだ」


 先輩は椅子を蹴り飛ばすと、ずかずかと帆村先生の方に近づいていく。

 無理にでも止めるべきだろうか――と思った時だった。


「……………………」

「聞いてんのかって言ってんだよッ!!」


 佐々木先輩が、先生の胸倉を掴み上げる。

 体育会系らしいがっしりとした体格の佐々木先輩と、ひょろりとしたインドア系の帆村先生。当然、逆らえるわけもない。

 先生は少し身悶えしてみる素振りを見せたものの、すぐに力を抜いて言った。


「……聞いているとも。何が起こっているかも理解している。だからこそ、考えているんだよ」

「だからそれでどういう結論が出たかって聞きてえんだよ、こっちはッ!」


 ぐい、と佐々木先輩が苦しそうな先生の身体をさらに持ち上げる。


「……結論はまだだ。情報が足りない」


 痛みに堪えきれたのか、目を伏せながら帆村先生が呟いた。


「チッ……クソ、使えねえな」


 それを聞くと、佐々木先輩は掴む力を緩め、先生を近くに放り投げる。そのまま机を苛立ちのままに蹴りつけると、彼は自室の方へと歩いて行った。


「大丈夫ですか、先生――」


 俺があわてて駆け寄ると、先生は痛そうに微笑んだ。


「無論。このくらいなら慣れている。……彼も心配なんだろう」

「でも……」

「大丈夫だ。安心したまえ」


 ふ、と先生が立ち上がる。どうやら怪我はしていないようだ。

 それと同時に、怯えていた小萱さんが口を開いた。


「あ、あのっ……いいんでしょうか。彼を一人にしてしまって」


 おどおどとしてはいるものの、何かを伝えようとしているのは分かった。


「どうしてです?」

「夜叉様の祟り……です。この村では昔から子供たちにこう言うんですよ。暗い夜、一人で出歩く子には夜叉様が来るよ……って」

「また、夜叉様の……」


 夜叉様の、祟り。

 最初にこの村に来て聞いた時には、ただの子供騙しだと思っていたけれど――。

 しかし、長谷さんが死んだ今、その話を聞かないわけにもいかない。

 ふと先生の方を見返る。……また、瞑想に入っているようだ。

 でも、と俺が口を開こうとすると、奥崎さんがそれに被せて喋り出した。


「あ、あの。実は僕も見たことがあるんです。小さい頃の話ですけど……夜叉様が暗い夜の村を歩いてるのを。小さい頃のことだから、見間違いだと思ってたんですけど……今考えると、もしかしたらって」

「……そう、ですか」


 ふと、彼が心配になる。彼がああして我々より心を乱しているのも、もしかしたら彼が一番、夜叉様の祟りを恐れているからなのかもしれない。

 ……そういえば、長谷さんが殺される前、佐々木先輩もまた夜の散歩に出かけていた。その後に会ったのが長谷さんの死体発見現場だったから、そこで何があったかは聞かずじまいだったけれど……もしかしたら、夜叉様の姿とやらを見ていたんじゃないか?


「あの、俺、佐々木先輩のところに行ってきます。もしかしたら、何か知ってるかも」


 そう言って、俺は走った。こんな状況で夏奈を一人にするのは心配だったけれど、先生が見てくれている間は大丈夫だろう。

 佐々木の部屋の前に立つ。随分と息が上がってしまった。……部屋の電気は灯っている。どうやら、あのまま部屋まで戻ったらしい。


「あの、佐々木。さっきは言い合ったりして悪かったよ」


 返事はない。まだ怒っているんだろうか。それとも、ふて寝でもしてしまったのだろうか。電気をつけているのに?


「……佐々木先輩? 入りますよ?」


がちゃりと、入り口の扉を開く。……鍵は開いていた。

一歩一歩、そろりそろりと歩を進める。あまりずかずか入ると、また激怒して机を蹴り飛ばすのが関の山だ。すぐにでも土下座できるような前傾姿勢で、俺は部屋の中を覗き込んだ。


「失礼します、佐々木、先、輩――ッ!?」


そこにのは――部屋の中で、雪に埋もれた佐々木先輩の死体だった。





お題:【架空の長編で世界観や設定の説明が粗方おわったタイミングに出すようなエピソード】

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わん・あうあず・らいてぃんぐ・ちゃれんじ! 雨宮★智成 @ametomo514

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