がっこうのななふしぎ
――ロリババア、という存在を知っていますか?
あ、待ってください。帰らないで。真面目な話なんです。先輩が学校の七不思議について教えてほしいって言ってきたときから、頑張って調べてきた大真面目な話なんですよ。
……こほん。それじゃあ、話を戻しましょうか。
これは、私の祖父から聞いた話です。何を隠そう、私の祖父もこの学校の出身でして。それで……そうですね。具体的に言うなら、まだ旧校舎が建っていたころの話になるでしょうか。
あれは、確か夏休みが終わったくらいの時期でした。
祖父のクラスに、一人の可憐な少女が転校してきたんですよ。
綺麗な黒髪に、柔和な細い目。赤いリボンが特徴的な、良く言えば日本風の、まるで人形のような美少女でした。
当然、そんな綺麗な子ですから、クラスの男子の目線はその子に釘漬けでした。もちろん、私の祖父も例外じゃあありません。祖父は、彼女に一目ぼれしてしまったんです。
でも、普通に告白したくらいじゃ彼女は靡きませんでした。祖父が見ている目の前で、何人もの勇気ある男子生徒たちが無惨にも玉砕し続けていましたからね。それで、私の祖父は考えたわけです。普通にやってもダメなら、と。
先輩もきっとご存じじゃないでしょうか。学校の七不思議について知りたい、なんておっしゃるくらいですから、既に調べもついているんじゃないかと。
えぇ、そうです。決して枯れない恋愛成就の桜の木。通称、ラブ・チェリー・ブロッサムです。
えっ、そのダサいネーミングは何かって? 心外ですね、私のネーミングセンスにけちをつけるだなんて。まあ、私もダサいんじゃないかなって思いながら格好つけて言ったわけなんですけれど。
閑話休題。話を戻しましょう。そのラブ……いえ、桜の木の噂に、祖父は頼ろうと考えたんですね。今から考えればそんなことをするよりも恋愛本でも買いあさったほうが楽そうですけれど、昔の話ですからね。迷信に頼って恋愛を成功させた人達もたくさんいたんでしょう。あ、別に迷信が悪いと言いたいわけじゃあありませんよ。何を隠そう、私も迷信の話は大好きです。黒魔術とか、占いとか。
桜の木の話の本題は、先輩もご存じですよね。この学校には、一年中花が咲き乱れる桜の木がある。ただしその花が咲くのは深夜の一時間だけ。そして、その桜が咲いている最中にその下で告白をした男女は永遠に結ばれる。なんだか、ありきたりな噂をくっつけただけの話で面白味はないですけれど、結構信憑性はあったみたいですよ? そうでもなければ、祖父だって信じようとはしなかったと思いますし。
おっと、先輩もご存じと思いますが、もうその木は今はないですよ。新校舎を建てる時にやむなく切り倒してしまったそうです。残念ですね、もしまだその木が生きていたなら、私は今から「今晩、桜を見に行きましょう」って言っていたかもしれないんですから。
いえ、冗談ですけれど。
二度も話が逸れてしまいました。祖父の告白の話ですね。私の祖父は考えました。彼女は転校してきたばかりなのだから、桜の話はきっと知らない。けれど、暗い深夜にそんな場所に誘うなんてことはできやしない。綺麗なお嬢さんでしたからね。きっと親御さんだって大事に門限を決めたりしていたんじゃないでしょうか。
そんなとき、祖父はひらめいたんです。その時間に呼ぶことができないのなら、桜の方を持っていけばいいんじゃないか、と。まあ、発想の転換というやつです。
いえ、もちろん樹をまるごと持ち出したりはできません。いくら私の祖父と言えど、そんなアニメや漫画みたいなことはできやしませんよ。できてせいぜい、刀で石を切ってしまえるくらいだと思います。
冗談です、真に受けないでくださいね。
彼は、桜の枝を少し折って、彼女に告白しに行きました。えぇ、もちろん花は咲いていなければいけませんから、学校に寄って、花が咲いている枝を折って、夜のうちに。……正直私も信じられませんけれど、まあ祖父が言うならきっとそうだったんでしょう。夢なんかではなく。
それで、先輩はどうなったと思いますか? きっと、失敗すると思ったんじゃないですか?
えぇ、分かってます。私だって、そんな親戚の失恋話をしにきたわけじゃありませんから。当然、ここはうまく成功しました。いったい何があったんでしょうね。彼女の方も実は祖父に惚れてしまっていたとか、あるいは本当に桜の七不思議は実在していたのか……。まだ桜の木があったなら、私も試してみたかったところです。
えっ、相手は誰かって? 秘密です。話を戻しますよ。
それからの祖父の学校生活は順風満帆でした。美人で、性格もよくて、とりわけ浮気なんて考えられないような恋人ができたんですからね。高嶺の花を手に入れた気分だったでしょう。まあ、実際にそうだったんですけれど。
祖父と彼女の交際は、それからも続きました。学年が上がっても、高校生になっても、大学生になっても。
そのあたりでしたね。祖父が彼女の異変に気付いたのは。
……成長、していないんですよ。その彼女が。
始めのころは、「そういう体質なんだろう」と流していたんですけれど、さすがに大学生になっても中学生の時の体格からまったく変わらない、となれば祖父もスルーはできませんでした。
祖父は彼女に聞いたそうです。「君は変わらないね」って。もうちょっと上手い、直接的な言い方もあったんでしょうけれど……きっと祖父は、自分の好きな人に嫌われたくはなかったんでしょうね。
そんな祖父に、彼女はこう返したそうです。
「あなたを好きになってから、私の時は止まったままなんです」
ふふ、怖いですよね。恋愛成就の桜の木。決して恋人の心を変えない七不思議。桜が咲き続けていたのも、きっと時を止める力でも持っていたからなんでしょうね。
えっ、それなら最初のロリババアの話はなんだったんだ、って顔をしてらっしゃいますね。なに、簡単な話ですよ。その彼女というのは、わたしの祖母なんです。桜の木のまじないは、今も彼女にかかったまま。怖いですよね。時が止まってしまうなんて。しばらくしたら私も祖母より大きくなってしまうかもしれないと、最近は戦々恐々としている次第なんですよね。いえ、先輩は大きい方が好みなんでしたっけ。
祖母ですか? ええ、お察しの通り、今も若くてきれいな少女ですよ。この間、先輩にいとこの写真をみせたじゃないですか。実はあの写真、私の祖母の写真なんですよ。……嘘だと思いますか? それならいっそ、今日の放課後、私の家へお邪魔したって構わないんですけれど。祖父の折った桜の木、実はまだ家にあるんです。
ふふふ……いえいえ、冗談ですよ。本気にしないでくださいね。
お題:【ロリババア】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます