さいご

「21番にオールインだ」


 それが、アイツの最後の言葉だった。

 勝負師ギャンブラー。糞ったれなこの世界で、自分だけを信じて己の限界に挑む者たち。アイツも、俺の知る限りはその一人だった。


 俺がアイツと知り合ったのは二年前。小さな裏カジノの中でだった。

 男の隠れ家、って言えば格好はつくかもしれないが、実際のところを言えば汚いギャンブルジャンキー共の巣窟。ギャンブルでしか人生を取り戻せないような借金まみれの浮浪者どもが、サラ金から借りた金を小脇にやってくるような肥溜めだ。その割にはポーカーやらバカラやら丁半やらルーレットやら妙に賭け事の種類だけはあったが、あれはきっと「これじゃ勝てない、こっちなら勝てる」って言いだす馬鹿からさらに金をふんだくるためのモンだったんだろう。

 無論、俺もその例外じゃあなかったさ。ある日突然、会社をクビになって借金だらけの生活。普通の生活じゃ毎日パン一個も食えない。だからといって、金を律儀に増やす手段なんてない。あくせく働いて儲ければ儲けるほど、その金を周りのやつらがふんだくっていく。それで、俺は働くのが馬鹿らしくなった。国の生活保護も全部持ってかれちまうもんだからさ。ゴミ箱でも漁ったり、物乞いしたり。直で集めた金を、誰にも知られないでモノに変えて過ごしてたのさ。……まあ、当然限界が来るんだがね。

 そんなときに会ったのがアイツだった。本当の名前は知らないが、確かあの時は堂本って名乗ってたっけな。多分偽名だよ、いろんなところに行っちゃあ毎度毎度違う名前を名乗ってた。出禁になってた場所も確かあったな。あぁ、もちろんアイツも俺と同じようなドン底生活者だった。俺が100円持って入ってった裏カジノの入り口で、トイレに引っ張り込まれちまってさ。

 アイツは根っからのギャンブル狂いだった。俺と違って、アイツは運が悪かったからこんな生活に落ちたわけじゃなかった。実際、かなりの金を稼いでデカいマンションの高い階に住んでたこともあったらしい。まあ、アイツの言ったことは話半分くらいが嘘なもんで、それを信じていいかは怪しいもんだったんだがね。

 で、アイツは俺に吹っ掛けて来たんだよ。「オレはギャンブルの勝ち方を知ってる。どうだ、その金、俺に預けてくれないか」って。はいわかりました、なんて事言うわけないってのにな。

 でも、俺はなんとなく気になった。どうせ100円だ。10日過ごせはするが、それで何か変わるわけじゃない。もしかしたら、腹が減りすぎておかしくなっちまってたのかもしれない。ま、結果的にゃそれで正解だったんだから運命の女神ってのは悪戯が好きな奴だよ。

 それでだ。意外や意外、アイツは100円を百倍にまで増やしやがったのさ。運がよかったのか、それともアイツが本当に必勝法を知ってたのかは知らない。なんたって言うことの五割……いや、八割が嘘のアイツのことだ。本当に偶然だったんだろうな。どっちにしたって、結果としては俺は大儲けさ。10日過ごすだけの金が、三年近く過ごせる金になったわけだ。ドーパミンで頭がおかしくなっちまうかと思ったよ。いや、まあその時は俺の頭はもうとっくにおかしくなっちまってたんだけどさ。

 その夜はちぃとばかし豪華だった。二人で橋の下で酒盛り……死ぬほど安い酒屋で買った安酒の、川の水割りだ。だがまあ、美味かったよ。随分と久しぶりだったもんでね。

 次の日も、その次の日も俺たちは勝った。勝ち続けた。目ぇつけられないように、カジノもどんどん場所を変えてな。倍率だってどんどんデカいところを狙って行った。資金を大量に持って、良いカジノに、良いカジノにとコマを進めた。時々負けることはあったが、まあ負け越すことはなかった。そういうカジノってのはアメリカのでかいカジノとは違ってスタッフも適当やってるような所だからな。運さえよければ勝てちまった。

 だいぶ勝って、普通に生活する分にゃ困らないくらいの金(とは言ったって、家が買えたり車が買えたりするわけじゃなく、死なない程度にホームレスできる程度の金だ)が集まったくらいで、俺達は分かれた。俺が、これ以上ギャンブルするのが怖くなっちまってね。今思えば、それで正解だったかもしれない。……いや、どうなんだろうな。今のことを考えれば、アイツも引き留めるべきだったのかもしれない。

 それから数日後のことだった。ギャンブルってのは怖いものだよ。一度やめようと思ったって、勝った時の甘い汁は忘れられねえんだ。俺は、またカジノの門をくぐっちまったのさ。

 その時、俺は見たんだ。デカい部屋の奥で。

 アイツが負けて、全部を全部奪われたのをさ。

 正直、幻覚でも見たのかと思ったよ。

 アイツは、店の奥に連れて行かれて、二度と出てこなかった。

 怖いだろ? まあ、怖いよな。でも法の裏側のカジノってのはそんなもんだ。警察なんか来やしない。誰かが死んだって知らない。でもさ、俺は思っちまったんだ。「アイツはきっと、俺のぶんの負けを全部持って行ってくれたんだ」って。

 結局、ギャンブルはやめられなかった。その後、仮に一回でも負けてりゃもしかしたらやめてたのかもしれない。でも、運命ってのは吃驚なもんで、一回も俺は負けはしなかった。ポーカーもバカラも丁半もルーレットも、何をやっても勝っちまう。どれだけ狭い賭けをしたって、それがぶち当たるんだ。夢でも見てるかと思ったけど、実際に山積みになったチップを見たらそんな事は言えねえわけさ。

 勝った。勝ち続けた。何日も、何晩も。

 ……それで、俺は今、アイツと同じ場所にいる。

 デカい部屋の奥。デカいルーレットの前。

 積もり積もってチップは大量、ここで勝てば、俺は借金も全部返せちまう。ついでに余った金で一生貧困とはおさらばなんだ。当然、なくなっちまえば全部終わり。……だからって、それで引いちまうのは臆病者ってヤツだ。

 俺は、アイツとは違う。運が来ている。勝てる。そう思った。

 だから、俺は叫んだのさ。まるで、アイツがそう言ったみたいに。


「21番にオールインだ」





お題:【最初と最後を同じ台詞で終わらせる】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る