2-5


「や、やぁ! また会ったね!」

軽めの昼食代わりにと近くのコンビニで買ってきた菓子パンをかじりつつゲームセンターまでの道のりを歩いていたマソラは、前方から手を振りつつ駆けよってくる人影を見つけた。

「ああ、いたいた。探したっての」

ようやく見つけた昨日の彼――確か雪下とかそんな苗字であると名乗っていた――は、相も変わらずどこか困ったような笑みを浮かべていた。

「んー、アドレスも電話番号も聞き忘れて少し困ったけど、こうやって出くわすなんて奇跡よね」

「そ、そうだね。すごい偶然だと僕も思うよ!」

何か少し違和感を感じたものの、大して気にせずマソラは彼の手を掴んだ。

「さ、今日も元気に行くっての。アンタ、何か得意なのある? 今度はそれで勝負してあげるから」

「そうだね、シューティングとか得意かな」

少しだけ真面目な顔になり、そう口にする雪下。

「へぇ、いいじゃない。あ、だから昨日拳銃使いを持ちキャラにしてるって言ってたのね」

「ああ、まあ、そういう事になるのかな?」

そんな会話を交わしつつ、マソラは彼と共にいつものゲーセンへと向かっていった。



「そこ。ナイフとフォークを持つ手が逆ですわよ」

天井で扇風機の羽のようなものがゆっくりと回転し、シックなジャズに浸る店内。

そこでタイキは、慣れない食事に悪戦苦闘していた。

「……仕方ねぇだろ、んな店初めて来たんだ」

なかなか切れないステーキに顔をしかめ、代わりにサラダのトマトにフォークを突き刺して口へと運ぶ。

「……。ま、手づかみで食べ出さないだけ及第点としておきましょうか」

言うなり、慣れた手つきで自身の魚介のソテーのようなものを切り分ける彼女。

「それにしても、金持ちはいいよなぁ。どうせ毎食寿司三昧なんだろ」

「わたくし、和食より洋食の方が好みでして」

それを見つめながらサラダを食べ終えたタイキのフォークが、ふと動きを止めた。

そして眼前の彼女の視線が、うっすら切れ込みの入ったステーキに注がれた。

「食べませんの? お口に合わなければ別の料理を頼んでもよろしくてよ」

言いつつ、全てのメニューの値段が数千円超えのメニュー表を差し出してくる。

「……やっぱり、何か裏があるんじゃねぇのか?」

慣れない場所に、タイキは辺りを見回しながら吐き出す。

「後で腎臓を売り飛ばすだとか、実はただの幻覚だとか、これが最後の晩餐だとか」

「……ひねくれてますわね……」

口元に扇子の代わりに紙ナプキンを当てて顔をしかめた彼女は、小さく息を吐いた。

「何にせよ、裏などありませんわよ」

「……本当かよ。んな高級店連れてきやがって。さっきも言ったが、俺はびた一文も出さねぇかんな」

「全部わたくしが払いますから、ご心配なさらず。これは先月の件のお詫び、迷惑料だとでも思っていただければ」

「……それなら、まあ、ありがたくいただくとするわ」

そしてタイキは、まだ湯気を立てるステーキとの格闘を再開し始めた。



ゴールデンウィーク真っ盛りのゲームセンターは、昨日に負けず劣らず盛況だった。

「ええと、今日は何をするのかな?」

「そうねー……。あ」

ふと辺りを見回したマソラの視界に、遠くを横切るとある人影が映った。

「そうだ。タッグマッチとかどうよ? あたしとアンタなら、きっとアイツらをボコボコに出来るはずよ」

「アイツら、って言うと?」

「んー、たまにこのゲーセンにいるのよ。あたしの因縁のライバルって感じの奴らが」

とある2人組の姿を脳内で思い浮かべ、それから今まで受けてきた屈辱を思い返し、顔をしかめる。

「実はうちの学校の生徒で、双子で、片方はなんかいっつもボーっとしてて……」

「な、なるほど」

「ってなわけで、アンタの実力があればきっとアイツらをケチョンケチョンに出来るってのよ。もちろん、『流転する世界インフィニティストリーム』でね!」

そう叫んで、昨日雪下と対戦した台に指を突き付ける。

「さ、これはもう勝ち確だってのよ。負けた方はどんな罰ゲームにしてやろうかしらうへへへ。……んじゃ、早速アイツら呼んでくるから、そこで待ってなさいよ!」

「う、うん」

やはりどこか困ったかのような笑みを浮かべる雪下をその場に残し、にんまりと笑みを浮かべたマソラは「因縁のライバル」の姿を探しに向かった。



「食った食った。こんなご馳走食ったの、何年振り……いや初めてかもしれねぇ」

「これで慰謝料代わりになるのなら、安いものですわね」

高級店をひとしきり堪能したタイキは、リンカと共に店を後にした。

会計時に彼女がカードで支払っていた金額が5ケタに達していた気がしたが、彼女は特に気にした素振りさえ見せなかった。

「ところで、この後はどうしますの?」

「そうだな……って、んだよ」

無意識のうちに商店街の方へと足を向け始めていたタイキは、その言葉で歩みを止めた。

「どうせですから、ご一緒しますわ」

「……昨日のアイツみたいに付いてくる気かよ」

「ええ。あなたの行きたいところに、どうぞお好きなように」

「このまま買い物に行きたい、が金がねえ。主にお前と同じ職場の奴にタカられまくったせいでな……」

「……。ノブレスオブリージュ」

タイキがうめくと、相手は扇子を取り出し小さく息を吐いた。

「恵んで差し上げますわ。今日だけですわよ」

「……は? 別にそこまでタカる気は……」

「不服でしたら、あとで返してくださいな。どうせ、そこまで大した買い物じゃないのでしょう?」

「……」

しばらくの間考え込んだタイキは、観念して手をヒラヒラと振った。

「わーったよ。金出してくれるってんなら、ありがたく乗らせてもらうわ。どうせ合計で700くらいの安い買い物だ」

「……。ま、いいでしょう。そのくらいならカードで……」

「一応念のため言っておくが、万を付けて考える癖をやめろ」

そう吐き出し、昨日同様百貨店の方まで歩き出す。

「ところでお前、仕事はどうしたよ」

確か再びこの街を訪れたのは、ここで仕事があるからとか先ほど言っていた気がする。

「……。始まるまでまだ少し時間もありますから、お気になさらず」

どこか間をおいてから告げる彼女に、タイキはふと先月の事を思い出した。

「あん? あと2時間で怪獣大乱闘が起きるんだったら、俺は帰らせてもらうからな」

「それだけはありませんので、ご心配なく。とてもとても平和なものですわ」

一瞬だけ足を止めたリンカは扇子を閉じ、それからまた歩き出した。

「その代わり、心底気乗りはしませんけどね」



結果は、マソラと雪下のタッグチームの辛勝に終わった。

「ふぅ……。一時はどうなるかと思ったけど、アンタ思ったよりやるじゃないっての!」

額を伝う汗を拭い、激戦を共に戦った相方をねぎらう。

「あ、あはは……。慣れないアーケードゲームをここ数日で特訓した甲斐があったよ」

「うん? アンタ確かここの常連だって……」

「そっ、そんな事より! キミのキャラが上手く敵を近寄らせないでくれたおかげで、僕もいい感じに援護が出来たと思うよ!」

「そうね。思ったよりよく噛み合ったってのよ」

ボコった相手方の2人の姿は、既に見えなくなっていた。

「さってと。この後はどうする?」

「んー、僕の方はまだまだ時間があるし、いくらでもお付き合いするよ」

「いいじゃない。じゃ、まずはあっちの守男もりおカートやって、それからそっちの格ゲーの無礼レッド……。飽きたら隣町のゲーセンまで遠征しようかしら」

「……あ、その前にあれはどうかな? 向こうにある、2人で遊べそうな……」



昨日も訪れた百貨店の、掃除用具コーナー。

その中にある、目的の売り場へとたどり着く。

特売ではなく定価で売られている、昨日逃した洗剤。

どれも好きなだけ買ってくださいと言わんばかりに、うず高く積まれていた。

「うっし、これか」

その中の1つを、タイキは値札を見ないようにしながら買い物かごに投げ入れた。

「……。ついでにこれもいいか? ……3つだけ」

「誤差の範囲ですわね」

あらどれも安いんですのね、と言いたげに辺りを見回しているお金持ちは、かごの中の商品を見つめ、息を吐いた。

「それで、これで全部ですの?」

「ああ、このままレジへゴーだ」

「……まさか、わたくしはこの程度の安っぽい買い物のためだけに? ……あなた、どれほどお金がありませんの……」

「……お見通しの通りだよ悪かったな」

レジに買い物かごを置くと、背後の彼女が取り出した鈍色にびいろのカードで代金を支払ってくれた。

「助かった。サンキューな」

「……」

そう言って手を振るも、なおも彼女はどこか納得のいかなそうに無言のままだった。

そのまま共にエレベーターに乗るも、ふとある事が脳裏をよぎったタイキは予定とは違う階のボタンを押した。

「ところでよ、お前が興味を持ちそうなモンが売ってたのをふと思い出したんだが」

「どうかしましたの?」

降りた先の売り場で、記憶を頼りにとある場所へと向かう。

単純な幼なじみやネクロマンサーとは違って、この彼女はたまにとっつきづらい事がある。

だからタイキは、前例に倣う事にした。

昨日と同じく映像で元気に販促されている、女児向け玩具を手に取る。

「ところでよ、お前はこのロッド欲しくねぇのか? 死霊使いになれるそうだ」

「……馬鹿にしてますの?」

「んだよ、昨日のアイツは目を輝かせてたってのに」

「……わたくしをそのようなお子様と一緒にしないでほしいものですわね」

なおの事困ったタイキは、ふと目に付いた壁に掲示されているポスターを指した。

「じゃ、じゃあこっちのヒーローショーはどうだ? 見に行きたくは……」

「……やっぱりわたくしを馬鹿にしてらっしゃいますのね?」

壁に詰め寄られる形で、閉じた扇子を首元にグリグリと押し付けられる。

「痛てて……ったく、会話の糸口に困った俺のユーモアに溢れた気遣いじゃねぇか」

「物事には節度というものがありましてよ」

扇子を広げて口元に当てたリンカはため息をつき、そのままエレベーター方向へと向けて歩き出す。

「買い物も済んだようですし、わたくしはこれで失礼させていただきますわね」

「なあ、屋上でやるヒーローショー、本当に見に行かねぇのか?」

「そんな子供騙し、誰が……。……少しお待ちを」

「……?」

ふと片手を耳元に当てたリンカは、やがて小さく息を吐いた。

「……。気が変わりましたわ」

「……あん?」

そして彼女はエレベーターへと向かっていき、タイキはその後を追った。



マソラは雪下と共に、とあるガンシューティングに興じていた。

2人の前後にそれぞれ設置された大きなスクリーンに映し出されているのは、嵐の夜の中敵の海賊団やら骸骨やらがこちらの商船向けてワラワラと迫りくる光景。

そしてそれを2人が手にした大ぶりの銃――もちろん実際に弾は出ず仕組みとしてはレーザーポインターに近いものであるらしい――で撃退する。

そんなゲームのタッグモードにて、2人は歴代の最長生存記録ランキングを塗り替え続けていた。

お互いに負けず劣らず、自身が担当する側の敵を的確に撃ち抜いていく。

「やるじゃない、アンタ」

「キミもね」

ステージが切り替わるインターバルの間に、ちょうど背中合わせになる形でお互いに大きく息を吐き、額の汗をぬぐう。

「これの1人用はやった事あるんだけど、2人プレイは初めてだわね。あたしと互角にタッグ組める奴なんて、そうそういないってのよ」

「うん? キミだけで2人用はやろうとしなかったのかな?」

「そりゃもちろん1人用の時は1画面しかないけど、2人用だと前も後ろも同時に確認しなきゃだし。それに敵の数が多すぎるし、1人で銃2つは扱えるわけないし。何にせよ無理ゲーだわね」

そう口にして、手にした銃を握り直す。

「じゃあ、ちょっと貸してみてくれるかな」

ふとどこか面白そうに微笑んだ雪下が、そっと手を差し出した。

「うん? あー、二丁持ちってあたしも憧れてやってみたけど、案外難しいもんよ?」

言われるがままに右手に握っていた銃を相手に手渡すと同時、インターバルが終了して新たな海賊団が現れた。

と。

「……さ、ちょっとだけ本気を出してみようかな」

雪下の笑みが、少しだけ濃くなったように見えた。

途端、前後両方の画面からプレイヤーへと進軍を開始する大量の敵軍団。

そしてそれらを一目見てそれぞれの位置を確認するなり、二丁の銃を前後両方向へと向けて撃ち抜いていく!

銃を大きく振って弾を込め直すリロード動作すらも、必要最低限の隙だけで行っていく。

敵の数が増えるラッシュモードに入ると、今度は横を向き、両の手を左右両方向へと向ける形で構え、撃つ。

反対の方向に位置する2画面を同時に見ているのか、彼が攻撃を食らう事は1度もなかった。

「……へぇ、すごいじゃない」

二丁拳銃を苦も無く扱う彼によって、海賊と骸骨たちは現れるそばから倒されていった。

そして気が付くとステージをクリアして、幾度目かのインターバルに突入していた。

「……ま、ざっとこんなもんかな」

「アンタ、シューティング手馴れてるのね。あたしよりもよっぽど」

改めて素直に感嘆を吐き出すと、彼はどこか困ったように頭を掻いた。

「んー、まあ、そうだね。電子のシューティング……ええと、FPSって言うんだっけ? それよりも現実の射撃の方が得意だけれどね」

「って事は夏祭りの射的とかも得意?」

「うん。あまり行く機会は無いんだけれど、昔幼なじみの子に景品を取ってあげた事はあったかな」

「へぇ、アンタも幼なじみいたのね。あたしにもいるんだけど、もう性格悪くてヤクザで暴力的で目つきが悪くて、」

マソラが雑談に興じようとしたその時、インターバルが明けて次のステージを目前にしたカウントダウンが始まった。

「僕だけ遊んでいても何だしね。これはキミに返すよ」

言いつつ片手の銃をマソラに押し付けた相手は、小さく深呼吸をした。

「さ、ラストの第7ステージ、来るよ!」



屋上はやはり昨日と同じく賑わっていた。

大量のちびっことその保護者たち大人の間を縫うようにして歩きながら、ステージから離れた後方の保護者エリアを目指す。

配られたチラシに目を通すと、今回テラレンジャーと戦うのは、血反吐を吐くくらい上司に酷使された恨みを人間にぶつける、怪人チヘドンとかいう新たな敵であるらしかった。

「んで、ちびっこ専用観劇コーナーは前の方にあってだな。こっちの保護者エリアからでも十分見えるが、もし臨場感が欲しけりゃ……」

親指でその方向を示し、ぶっきらぼうに告げるも。

「……あん?」

ふとリンカの姿が見当たらなくなっている事に気づく。

どこにいるのだろうと辺りを見回すと、片手を耳元にあてつつ神妙な顔つきになっている彼女の姿が屋上の出入り口そばに見えた。

「あん? どうしたよ」

そう問うと、彼女は近くの柵から眼下の光景へと視線を向けた。

「……先ほど『セントラル』から、きな臭い話が回ってきましたの」

「……」

昨日も数回ほど聞いた、その単語の意味を改めて思い返す。

それは彼女の所属元であり、本来補佐する死体蘇生者ネクロマンサーの統括組織の名前。

そして先月死闘を繰り広げた、とある巨大な悪霊……幽魔の姿も脳裏をよぎった。

「ここからそう遠くない場所にて、幽魔の気配が……『一瞬』だけ観測された、と」

「……あん?」

「先月のように幽魔が現れ、そしてすぐに跡形もなく消えてしまった、という意味ですわね」

「……なんだそりゃ」

「わたくしも全く同じ感想を抱いているところでしてよ」

そう言った彼女は扇子を取り出しては口元に当て、息を吐いた。

「……あり得ませんもの。幽魔が発生した場所にはとある汚染区画が発生する事、あなたも覚えていますでしょう?」

「……ああ」

「それはネクロマンサーによって浄化されない限り恒久的に残り、そして広がっては新たな幽魔を生み出す栄養源となるような存在ですもの」

「……あー、カビは完全に退治しないと延々と増え続ける的な意味合いか? それか雑草とか」

「……。庶民的な例えで気になりますが……何にせよその認識で構いませんわよ」

いつの間にかヒーローショーが始まり、昨日と同じように赤と金が怪人と対峙していた。

そしてそれに他の観客たちは気を取られており、離れたところでのタイキたちの会話を気にする者は誰もいなかった。

「そしてその幽魔が現れて5分も経たず汚染区画ごと消える……一体どういう事ですの?」

「んじゃ、現れた場所に偶然クロエアイツがいて、仕事したって事だろ?」

昨日はここではしゃいでいた彼女と、お付きの小動物の姿を思い浮かべる。

「……いえ、あの役立たずネクロマンサーが動いた痕跡はありませんわ。もちろん彼女のみならず、『セントラル』に所属している者全て同じく」

「んじゃどういう原理かは知らねぇけど、お前らの幽魔レーダーの故障なんじゃねぇの?」

「……。だといいのですけれどね。あとわたくしたちサポーターも、近隣には限りますが幽魔を感知する訓練は全員漏れなく受けていましてよ。……それでいて、何も感じませんの」

そう言ってリンカはステージ上で繰り広げるショーには一切目もくれず、何かを探すかのように眼下に広がる街並みを見回し続けていた。

「……ま、気のせいだって事もあるだろ」

対照的にそうつぶやいたタイキは、リンカから離れてヒーローショーに視線を向けた。

あのネクロマンサーのようにドハマりするほどではないにせよ、タイキ自身も多少なりとも面白いと感じ始めていたショーへと。



「はい、お疲れ。かな」

近くの自販機で雪下が買ったペットボトルを手渡され、マソラはその中身を一息に流し込んだ。

ゲームセンターでひとしきり遊んだ後、2人は建物を出て大通りをそれた小道を歩いていた。

「これからどうしようか?」

「んー、そうね……。って、もうこんな時間」

時計を取り出すと、時刻は既に15時近くを回っていた。

「あはは……夢中になると空腹感も忘れる、ってね。キミのお勧めのお店は何かあるかい?」

「ここからあんま遠くない場所にラーメン屋とか牛丼屋とかあるけど、アンタ的にはどう?」

「べ、別に構わないけど、キミ案外女の子らしくない店を選ぶんだね……」

「そう? じゃあ安直にファミレスとか?」

「僕の知っているところなら中華とかイタリアンとかがあるけど、駅まで戻らなくちゃだし……。あまり歩かない方がいいかな」

「じゃ、ファミレスで決定だってのよ」

そして2人が遅めの昼食に1歩を踏み出した、その時。


ふとマソラが何の気なしに見上げた青空が、血のような真っ赤に染まっていた。


「……え?」

マソラには、この光景に見覚えがあった。

「まさか……」

そしてどこからか現れて道を塞ぐ、数匹ほどの黒い犬の姿。

先月も見た幽魔が、唐突すぎるほど唐突に眼前に現れていた。

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